Gは、いなくなった。
私の魔力と共に、いなくなった。
士錬くんの量子コンピュータは、全部、燃えてしまった。
士錬くんは必死になって再生の努力をしたけれど、あの水色の結晶は、2度と同じ挙動を示さなかった。
なぜなんだか、原因不明。
きっと、あれには魔法がかかっていたんじゃないかなって思う。
なので士錬くんの大発見は、結局、幻に終わった。
士錬くんは学校に復帰した。
士錬くんと、咲ちゃんと、私。
あれから、3人は仲良しになった。
私たちは咲ちゃんの家にしょっちゅうお邪魔して、Aからいろんなことを学んだ。
短い間だったけれど、Aから学んだことは、私たちのその後の人生を変えた。
ある日、Aは、いなくなった。
その代わり、咲ちゃんにもボーイフレンドができた。
Aにそっくりの、ちょっとはにかんだ感じの好青年だった。
よーするに、魔法ってのは、運命の人を召還していたんだね。
ある日、図書館でGの手紙を見つけた。
歴史の重みでつぶれそうな本棚の片隅の、古い数学書に、Gの手紙は載っていた。
それを、士錬くんが、そっと見せてくれたんだ。
あっ、Gだ。
私にはすぐにわかった、それがGの手によるものだと。
「親愛なる友よ。」
「ぼくは、方程式はいかなる場合に冪根を用いて解けるのか、という論点を究明した。」
そこには、Gが死を覚悟してから、残された13時間で一気に書き上げた、一生の全ての思いが込められていた。
「分解不能な群がもちうるさまざまな順列の個数のうち、最も小さいのは、その個数が素数ではないなら、5・4・3だ」
代数方程式、楕円関数、モジュラー方程式、超越的解析・・・
それらは全て、後の現代数学の礎となり、未来を照らしていた。
「ぼくにはもう時間がない。
ぼくの構想はまだ、この広大な土地を舞台にして、十分に展開されたとは言えないのだ。」
この手紙を最後に、Gは、その短い生涯を閉じる。
「いつか、この雑然とした記述を判読して、有益さに気づく人々が現れてくるだろうと思う。」
私は、Gにひどいことをしてきた。
・・・私がマスターなんだからねっ!・・・
私は、Gに何をしてあげたのだろう。
あれは、Gの命の炎だったんだ。
前世で果たせなかった悔しさが、もう1度、Gをこの世に引き戻したんだ。
そうして、私と出会った。
もっと、Gのことを解ってあげればよかった。
もっと、Gの話を聞いてあげればよかった。
もっと、Gにやさしくしてあげればよかった。
ふいに、胸の奥から、熱いものが込み上げてきた。
熱いものは、喉元から、涙腺を伝ってあふれ出た。
ぽろっ、ぽろぽろ。。。涙が止まらない。
「Ne pleure pas, j'ai besoin de tout mon courage pour mourir a vingt ans!
泣かないでくれ。僕にはたくさんの勇気が必要なんだ、二十歳で死ぬのだから。」
そっと、士錬くんが私に触れた。
それが最初のキスだった。
あっ、、、やった!
やっぱりGは恋のキューピットだったんだ!
士錬くんは、研究の道を選んだ。
量子コンピュータを、数理的な側面から構成するんだって。
士錬くんは、あきらめてはいない。
私は信じている。
士錬くんなら、きっと、成し遂げる。
たとえ幻であっても、一度は成功したんだからね。
咲と、Aそっくりの彼氏は、コンピューターの会社で暗号の開発に取り組んでいる。
いずれITベンチャーとして新会社を起こすんだって言っていた。
私はもう、魔法少女じゃない。
代わりに数学という、新たな魔法を手に入れた。
私は、この結晶の世界の美しさを伝えるために、今日も精一杯がんばっている。
私には言葉が足りない。
表現する力、伝える力、考える力、理解する力、その全てが足りない。
それでも、あの夢を見たのは、私たちだけなのだから。
どうしても、伝えておきたいものがある。
・・・で、私たちの夢のような体験を、こうして少しだけ、あなたのもとに送り届けたってわけ。
ホントだよ。