「あのさぁ。」
「ん、何だい、マスター。」
「いままでやってきたのって、結局、三次方程式と四次方程式の解き方じゃない。」
「その通りだが。」
「でも、目指してたのって、“なぜ五次方程式は解けないか”ってことだったよね。」
「それもその通り。
ただ、いきなり五次方程式に挑んでも徒労に終わるだけなので、
方程式が解ける秘密を探っていた、というところだ。」
「それで分かったのが、リゾルベントってことなのかな。」
「ちょうどいい機会だから、復習してみよう。
まず基本となるアイデアは、こんなものだった。」
★ 方程式を解くためには、答を入れ替えても全く変わらないような原料から、
入れ替えて変わる結果を作り出さなければならない。
三次方程式の場合、3つの答を入れ替える方法は6通り。
三次方程式を解くために、問題をより次数の低い二次方程式に落とし込む。
その際に、6通りの入れ替えを2通りにまとめるような式(リゾルベント)が必要だった。
四次方程式の場合、4つの答を入れ替える方法は24通り。
四次方程式を解くために、問題をより次数の低い三次方程式に落とし込む。
その際に、24通りの入れ替えを3通りにまとめるような式(リゾルベント)が必要だった。
「この考え方を五次方程式に当てはめれば、どうなるか?」
「はい、はい、わかりました!」
五次方程式の場合、5つの答を入れ替える方法は 5! = 5・4・3・2・1 = 120通り。
五次方程式を解くために、問題をより次数の低い四次方程式に落とし込む。
その際に、120通りの入れ替えを4通りにまとめるような式(リゾルベント)が必要になるはず。
「よくできた。
ここを手がかりに、なぜ五次方程式が解けないか、その理由を探ることができる。
もし 120通りを4通りにまとめるリゾルベントができなければ、
五次方程式は解けないという予測が成り立つだろう。」
「でも、ちょっと待って、なんか腑に落ちないんだよね・・・」
「どの辺りが?」
「だって、解けたときには“確かにリゾルベントで解けました”でいいと思うんだけど、
解けなかったときは“やっぱリゾルベントで解けませんでした”でいいのかな。
ひょっとして、もっと全然別の解き方があるかもしれないぞ、なんて・・・」
「・・・」(無言)
「・・・あ、やっぱ考え過ぎ、なのかな? いまのは無し。」
「はぁ。」
Gは、ため息を漏らした。
「マスター、らしくないぞ。
自分がおかしいと感じたならば、まわりが何と言おうと、堂々と主張すべきだ。
たとえ間違っていたとしても、ちっとも恥ずかしいことではない。」
「そうなんだけどさー、実際、むずかしいんだよね。ほら、空気読めとか言っちゃって。」
「空気なんて気にするな。それに、マスターが感じた疑念は、鋭いところを突いている。
取り消さなければ、誉めていたところだ。」
「えっ、そうなの、惜しい。」
「歴史的な話をすると、最初に“答の入れ替え”によって五次方程式が解けないことに気付いたのは、ルフィニという人だ。
しかし、ルフィニの証明は不完全だと言われて、なかなか受け容れられなかった。
その理由は、およそマスターが言っていた通りだ。」※※
「へー、歴史って、人の考え方に沿ってるんだね。」
「往々にしてそうなるな。個体発生は系統発生を繰り返す。
しかし、ここから先は歴史を早送りして、現代的な見方をしよう。
マスターの言うとおり、どんなに“解けました”という例を並べてみても、そこから不可能の証明は出てこない。
不可能を示すためには、もっと外堀から埋めるようなアプローチが必要だ。」
「外堀ねえ。。。全体を覆っている、空気みたいなものかしら。」
「そんなところだな。
以前、方程式が解ける条件について話したことがあるだろう。
1つ、そもそも答が存在するかどうか。
2つ、答が考えている数の範囲内にあるかどうか。
3つ、答が有限回の操作で得られるかどうか。 」
「そう言えば、最初にこんなこと言ってたね。」
「1つ目、答が存在するかどうか。
これはクリアーしている。
代数方程式は、複素数の範囲内に必ず解を持つ。
代数学の基本定理だ。」
「解けても、解けなくても、五次方程式の答は必ずどこかにあるってことだね。」
「2つ目を飛ばして、3つ目、答が有限回の操作で得られるかどうか。
これについては、いまのところわからない。
そして、答が有限回の操作で絶対に得られない、ということを言い切ることも難しい。」
「そうだよね。
何かの方法で、だめでしたってことが言えても、
ひょっとすると別の方法なら、って思っちゃうもんね。」
「そこで、2つ目の条件に着目する。
探している答が、考えている数の範囲内に無いことがはっきりすれば、
解けないということもはっきりする。」
「要するに、7÷2は、整数の範囲では解けないってことと同じ?」
「簡単に言えばそういうことだ。
与えられた操作だけでは、答のある“数の範囲”に到達できない。
そんな風に“数の範囲”をはっきりさせることで、不可能が証明できるわけだ。」
「“数の範囲”か。。。だから“外堀”なんだ。。。
でも、分数の範囲だったら、二次方程式だって解けないでしょ。
だからって、複素数の範囲だと、どんな代数方程式の答もあるんだよね。
これだけだと、何もわからないよね。」
「良いところに気付いた。
数の範囲を、分数から複素数まで一足飛びに広げるのではなく、
もっと細かいステップを刻んで広げることを考えるんだ。」
「もっと細かいステップ? そんなステップがあるの?」
「それが大ありなんだ。
まずは、数の範囲のステップの話をしよう。」
「さて、数の範囲と言ったら、マスターはどんなものを思い付く?」
「えーと、自然数、整数、小数、分数、、、あと、無理数、実数、複素数。」
「うむ、だいたいそんな感じだろう。
この数の範囲を眺めてみると、演算によって、自然に拡張したところがある。
例えば、整数の割り算の答は、整数の中にあるとは限らない。
なので、分数という数が自然に生まれた。」
「そうだよね。なんか、分数までで一段落って感じがするよね。」
「その一段落という感覚、大事だな。
マスターは、なぜ分数までの範囲で一区切り付くと思ったのかな。」
「だって、普通の計算は分数までの範囲に収まってるよ。足し、引き、掛け、割り。」
「そうだ。その四則演算が収まっているという性質は、数の範囲を決めるのにはっきりとした基準になる。
ある演算の答が、同じ数の範囲に収まっているとき、その数の範囲は演算について“閉じている”という言い方をする。
整数は、割り算について閉じていない。
分数は、割り算について閉じている。厳密には0での除算を除くけどね。」
「じゃあ、分数は四則演算について閉じている。」
「その通り。そして、四則演算について閉じている数の範囲のことを、体(たい)と言うんだ。
分数は、一番小さな体だ。
もう少しちゃんとした言い方をすれば、有理数体。」
「体?って、変な名前。」
「元はといえばドイツ語の Korper、身体から来ているんだ。
有機的に機能がうまく働いている、という意味が込められているらしい。」
「他にはどんな体があるの?」
「さっきの中からだと、実数体、複素数体、というのがあるな。」
「無理数体っていうのはないの?」
「無理数x無理数で、無理数にならないこともあるだろう。
例えば、√2x√2=2、とか。」
「あ、そうか。数の範囲をはみ出したらダメなんだね。」
「有理数体、実数体、複素数体。
大きな区分はそんなところだが、実はこの間に、無数の細かい体がある。」
「えっ、そんなにあるの。」
「例えば、有理数に、√2という数だけを付け加えた数の範囲を考えてみると、
これが1つの体になっている。
この範囲に含まれている数は、全て a + b √2 という形になる。a と b は有理数だ。」
「ホントかな、例えば割り算は、
(a + b √2) / (c + d √2)
= (a + b √2)(c - d √2) / (c + d √2)(c - d √2)
= ac + (b-d) √2 - 2 bd / c^2 - 2 d^2
= {(ac - 2 bd) / (c^2 - 2 d^2)} + {(b-d) / (c^2 - 2 d^2)} √2
たしかにそうなるね。」
「あと、a + b √2 という形の数同士、どれだけ四則演算を繰り返しても、√3という数は作れない。
もし仮に a + b √2 = √3 だったとして、両辺二乗すれば
a^2 + 2b^2 + 2ab √2 = 3 となって、左辺は無理数、右辺は有理数になってしまう。
これはありえないことだ。」
「ふーん、有理数と√2だけの体には、√3っていう数は入っていないんだ。」
「√3だけではなくて、√5も、立方根
3√2なんかも、円周率πも入っていない。
実数から比べれば、この有理数と√2だけの体は、ほとんどの数が抜け落ちている状態だ。」
「あるのは√2だけだもんね。」
「体の言い表し方だが、有理数体には、よくQという記号を使う。
そして、有理数に√2を付け加えた体のことを、“Qに√2を添加して得られる体”といって、
Q(√2) という記号で表す。」
「Q(√2) って、なんか関数F(x)みたいで紛らわしいね。」
「確かに似ているな。体と関数の記号の区別は、もう文脈で行うしかない。
これは習慣なので、どうしようもない。」
「ちょっと端折り過ぎだね。」
「ところで、数の範囲、体の拡大ステップは、ここで終わりではない。
今度はQ(√2) に、√3という数を添加すれば、Q(√2, √3) という、少し範囲の広がった体になる。
つまり今度の体は、a + b √2 + c √3 といった形で表される数の集まりだ。」
「√2と√3だけが入っているってこと。
あ、あと√2・√3 = √6なんてのも入ってるよ。」
「割り算でも √2 / √3 = √6 / 3 という数が出てくる。
こんな風に √(合成数) は、他のルートから作り出すことができるが、√(素数) は作り出すことができない。」
「√2成分、√3成分って感じなのかな。
なんかわかってきたよ、こんな風に、√2を仲間に入れて、√3を入れて、次に√5を入れて、、、
って、だんだん素数を増やしていくと、実数に近くなっていくんだね。」
「しかも素数は無限にあるので、実数にまで拡大するには、数を無限に添加しなければならない。
√だけで終わりではないぞ。
三乗根も、五乗根も、それどころか√πなんていう数だってあるだろう。
なので、有理数と実数の間には、体の拡大ステップが無限にあるわけだ。」
「うわー、実数って思ったよりも複雑なんだー。」
「そして、実数で起こったことと似たようなことが、複素数でも起こる。
有理数と複素数の間にも、やはり体の拡大ステップが無限にある。
虚数単位iを付け加えた、Q(i) なんていうのが最初の拡大ステップだ。」
「えっと、それじゃあ 実数 -> 複素数は、、、」
「その間は、実数に虚数単位iを加えておしまいだ。
実数をRと書くと、R(i) は複素数のことだ。
そもそも複素数というのは a + b i、a と b が実数ということだからね。」
「そっかー。じゃあ、本当に無限の階段があるのは、有理数と実数の間なんだ。」
「無限の階段とは上手い言い方だな。
方程式が“解けない影には無限がある”。
五次方程式が解けない理由は、この無限の階段を登り切ることができない所にある。」
「あ、すっかり方程式のこと忘れてたよ。
それで、この無限の階段と、方程式にはどんな関係があるの?」
「さて、大事なところにさしかかってきた。
数の範囲と方程式には、切っても切れない縁がある。
というのも、数の範囲の拡大は、もともと方程式の答を用意するために行ったことだからだ。
例えば、そもそも√2というのは、どういう数だ。」
「えーと、二乗したら2になる数のこと。」
「つまりそれは、x^2 = 2 という方程式を解け、ということだろう。」
「そっか、√っていうのは、方程式の答が書けるように作った記号だったんだ。」
「そう、
x^2 = 2 の答が無かったから、√2 という無理数を作った。
x^2 = -1 の答が無かったから、√(-1) = i という虚数を作った。」
「そういえば分数だって 7÷3 ができなかったから、新しく作ったんだよね。」
「それも同じことだな。
新しい種類の数を増やすということは、それによって解ける方程式が1つ増えることになる。
たとえば三乗根 3√2 という数を導入すれば、新たに x^3 = 2 という方程式が解けることになるだろう。」
※ x^3 = 2 の答は、3√2, 3√2ω, 3√2ω^2 の3つあります。
※ なので、この方程式を完全に解くためには、3√2 だけでなく、ωという数も必要です。
「解けるっていうか、表せるって感じだよね。」
「表せる=解ける、だな。
方程式を“代数的に”解く、という意味は、結局手持ちの記号、+−×÷と累乗^、冪根√で表せるということだ。
そして、数の範囲によって、そこで解ける方程式と、解けない方程式が分かれてくる。
たとえば立方根が含まれていない体で、三次方程式は解けない。
ちょうど 7÷3 の答が整数の中に無かったように、立方根が無ければ、x^3 = 2 という方程式の答を表しようが無い。」
「なーるほど、そうやって、数の範囲を絞っていけば、解ける、解けないってことがはっきりわかるんだ。
それが“外堀から埋める”ってことか。」
「答が考えている数の範囲内に無ければ、解きようがない。
不可能を証明する、というのは、結局そういうことなんだ。
次に大事なことは、どの数の範囲で、どんな方程式が解けるか、ということになる。」
「例えば Q(√2) で解ける方程式は、x^2 = 2 。」
「それが一番基本的な例だな。そこから考えて行こう。
方程式の形式を、全て = 0 という形にそろえておこう。つまり、最初の例は
x^2 - 2 = 0
この方程式は、有理数Qという範囲で解くことができない。
√2 を添加して、始めて解けるわけだ。
方程式が解ける、というのは、こんな風にxの一次式に因数分解できることでもある。
(x - √2) (x + √2) = 0
この分解済みの式から、2つの答 x = √2、x = - √2 が直接読み取れる。
逆に言えば、√というものを知らなければ、x^2 - 2 = 0 という式は、もうこれ以上因数分解できないわけだ。」
「あ、それ虚数のiとすごく似てる。
x^2 = -1
つまり
x^2 + 1 = 0
って方程式は、もうこれで因数分解できないけど、虚数まで入れたら
(x - i) (x + i) = 0
ってなるよね。」
「そう、その場合は Q(i) という拡大体の中に、初めて求める答が入ってきたということだ。」
「ってことは、新しくくっつけた数と、方程式の関係ってわりと簡単なんじゃない。
新しくくっつけた数が答になっているような方程式が解けるようになる。
考えたてみたら、当然よね。」
「ところが、そう単純でもないぞ。
√2 が答になっている方程式だったら、他にも
(x - 1) (2 x + 3) (x - √2) (x + √2) = 0
とか
x^4 - 4 = (x^2 + 2) (x - √2) (x + √2) = 0
なんてのもあるぞ。」
「そっかー、√2 そのものだけじゃなくって、√2 っぽい式が、全部あてはまるんだー。」
「その、√2 っぽいってところを、もう少し正確に言えないか。」
「えーと、答に√2成分が入っている、つーか、、、」
「因数分解を手がかりに考えてみよう。まず
(x - 1) (2 x + 3) (x - √2) (x + √2) = 0
のような式を見てみれば、√2 が含まれていない項がいくつあっても構わない、ということだろう。」
「そうだね。
(x - 1) (2 x + 3) ってところは、√2 が無くたって、もともと有理数で解けていたんだもんね。」
「割り算の例えを借りて言えば、(x - 1) (2 x + 3) は、有理数の範囲で“割り切れていた”部分。
残りの (x - √2) (x + √2) は、有理数では“割り切れなかった余り”の部分だ。
もし√2 が無い有理数の範囲だけだったなら、この式の因数分解は
(x - 1) (2 x + 3) (x^2 - 2) = 0
というところで止まっていただろう。
ちょうど、割り算で分数を導入したら余りが解消されたように、
√2 を導入して初めて、この余りの部分が分解できる。」
「ほんとだ、なんとなく割り算に似てるんだ。」
「なんとなく似ている、ではなくて、実は全く同じだ。
マスターは、(整数)÷(整数) の割り算と、ほとんど同じことが
(整式) ÷ (整式) でもできるということを、知っているかな?」
「ほにゃ、なははー、そんなこともあったけなー、
なんか、聞いたことあるんだけど、全然覚えてないんだなー。
だって、式の割り算なんて、何の役にも立ちそうにないしー。」
「ここに来て、初めて役に立つんだ。1つやってみよう。
{ 2 x^4 + x^3 - 7 x^2 - 2 x + 6 } ÷ { x^2 - 2 }
「うえーーー。」
「音を上げない。
数の割り算を上の位から行うように、式の場合は上の次数から順番に消してゆくんだ。
数と同じように筆算でできるぞ。」
2 x^2 + x - 3
----------------------------------------
x^2 + 0 x - 2 ノ 2 x^4 + x^3 - 7 x^2 - 2 x + 6
2 x^4 + 0 - 4 x^2
--------------------------------
+ x^3 - 3 x^2 - 2 x
+ x^3 + 0 - 2 x
------------------------------
- 3 x^2 + 0 + 6
- 3 x^2 + 0 + 6
------------------------
0
「あ、うまく割り切れた。」
「それもそのはず。これは、今見ていた式、
2 x^4 + x^3 - 7 x^2 - 2 x + 6
= (2 x^2 + x - 3) (x^2 - 2)
= (x - 1) (2 x + 3) (x^2 - 2)
のことだったのだからな。」
「なーんだ、答は書いてあったんだ。」
「でもこれで、1つのことがわかる。
(x^2 - 2) という式で割り算した結果、余りが0だったなら、もとの方程式には ±√2 という答がある。」
「えーと、式の割り算の答になっている (2 x^2 + x - 3) ってところは、
(x - 1) (2 x + 3) だから、もともと有理数の範囲だけで割り切れていた部分なんだね。」
「つまるところ、式の割り算というのは、因数分解を機械的に行う作業だ。
もし、元の式が x^2 - 2 で割り切れれば、その方程式は ±√2 を答に持つ。
式を割り算した余りが、その数の範囲で解けるかどうかの判断材料になるわけだ。
割り算の答、商の部分は、もともと有理数の範囲でも解けていた“割り切れる部分”だと思えばいい。」
「割り算って、案外奥が深かったんだねー。」