Gの夢 -- Story Part
第4話 台所戦争、ここは一歩も譲れない!
2009/09/01  
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あれから、士錬くんとは会っていない。
私が避けているんじゃないの。
実はその後、士錬くんは学校に来なくなっちゃったんだ。
どうしたんだろう、なんか気まずい雰囲気。
「初桐さん、」
私は声をかけてみた。
あまり乗り気じゃなかったんだけど、手がかりになるのは彼女だけだから。
「あっ、かっ、鏡坂さん・・・」
この娘は、いつもオドオドしてるんだ。
こうして向き合ってみると、決して悪い娘じゃないんだけどね。
「うん、リンでいいよ。」
「ほんと、じゃ、あたしも咲でいい。」
ニコニコって罪の無い笑顔、ちょっと天然入ってるみたい。
男の子って、こういうの好きそう、、、あーっ、あたしったら何考えてんだろ。
「でさ、鏡宮くんなんだけど、最近見かけないんだよね。」
「・・・うっ、うん。」
「何か聞いてないかな? 病気してるとか。」
「ごめん、私も全然知らないの。」
「そっかー。まったく、困ったやつだね。」
「・・・気になるよね。」
「大丈夫だよ、きっと。明日になったらケロッとして出てくるんだから、心配するだけムダムダ。」

口ではそう言ったものの、内心、士錬くんのことが気になって気になって仕方ない。
このままだと、留年確定だぞ。
学校が引けてから、私は士錬くんの家に足を運んだ。
私たちの大学って地方出身者が多いから、ほとんどワンルームを借りて生活してるの。
実は、士錬くんもその1人。
そんなところに女の子が1人でノコノコ出かけていって、間違いでも起こさないのかって?
それが、意外と起きないんだよねー。。。むしろ起こして欲しいくらいなんだけどさっ。

・・・

ピンポーン! ピンポーン!
「シレン、シレーン、居るのー、シレンってば!」
返事が無い。
まさか、死んじゃったんじゃないでしょうね・・・お風呂で滑って転んで、溺れてるとか!
そんな妄想が湧き上がってきた頃になって、ようやくドアが開いた。
士錬は無言で、無表情だった。
ついさっきまで本当に、お風呂で溺れかけてたんじゃないかしら。
「・・・シレン、上がるよ。」
「・・・ああ。」
ようやく聞けたのは、気のない返事だけ。

士錬くんの部屋は、ちょっぴり変わってた。
ショルダーキーボードは片隅に追いやられていて、うっすらホコリを被ってる。
代わりにパソコンの奥にあった機械の山が増えていて、部屋の半ばまで占拠していた。
「・・・シレン、最近、学校こなくなったね。」
沈黙を破って口を開いたのは、私の方。
ううぅ、こんなの耐えられない、空気が重いんだよー。
「もう学校なんか行かない。」
「はヒッ?!」
たぶん私は、鳩が豆鉄砲食らったような顔をしていたんだろう。
「言っただろう、分かったんだ。もう学校なんか行く必要無いんだ。」
私は士錬くんの言葉を思い出した。
・・・そこまで何でも分かってたら、学校なんか行かないって・・・
「えーっ、じゃ“ながまる”が分かったの?」
「違う、“ながまる”じゃなくて、楕円関数。」
軽ぅ〜いギャグだったのにな。
いつもの士錬くんだったら笑って返すとこなのに。
「そう、分かった。分かったんだ。だからもう学校には行かない。」
しばし、沈黙。
「・・・じゃあさ、その分かったところを、私に教えてくれないかな・・・」
再びしばし、沈黙。
「・・・興味無いな。」
「どうしちゃったの、シレン。 数学が好きじゃなかったの?
 過去にも好きな人がいて、きっと未来にも好きな人がいる。それでいいんだって。
 ・・・そう言ってたシレンは、ちょっとかっこよかったんだから・・・」
「違う、そうじゃない。」
今日はじめて、士錬が私の方を向いた。
「数学は役に立つ。確かに、役に立つ。
 だから大切なのは、実戦に役立つかどうかだけだ。
 好きか嫌いかなんて、そんなママゴトみたいなことは、どうだっていい。」
三度、沈黙が訪れた。
とりつく島もないって感じ。
「・・・シレン、今日はもう帰るね・・・」
返事は無かった。

・・・

次の日。
昨日と同じように、初桐さんと一言交わした後で、私はシレンくんの家に向かった。
なに、全然懲りてないって?
ふっふっふ、こんなことで引き下がるリンちゃんではなーい。
今日という今日は、必殺技、押しかけ晩ごはんが炸裂するのだ!

ピンポーン! ピンポーン!
「シレン、シレーン、居るのー、・・・勝手に上がっちゃうよー!」
士錬くんの応対を無視して、私は台所に侵攻した。
「シレンってさー。最近ろくなもん食べてないでしょ。
 このまま部屋にこもってたら、腐っちゃうぞ。」
ここは押しの一手。

あたしは士錬くんに構わず冷蔵庫の中身をチェックした。
「・・・あたしねー、中華料理とか得意なんだ。今日は、青椒肉絲と春巻だよ。」

ピンポーン! ピンポーン!
「あっ、お客さんだよー。シレン、出るよ〜。」
「おい、ちょっと待っ・・・」
士錬くんが止めるのも聞かず、私は勝手にドアを開けた。
「はーい、どなっ!!」
目の前にいたのは、咲ちゃん!
「なんで、咲ちゃんが?」
「なんで、リンちゃんが?」
ハモった。
手に提げているのはスーパーの買い物袋。
私は、その瞬間、全てを察知した。
同時に、向こうも全てを察知したみたい。
「え、えーと、シレンくんずーっと見かけないし、、、きっとおなか減ってるんじゃないかなって、その・・・」
咲ちゃんは、あいかわらずしどろもどろだ。
あたしは、まだるっこしいことは嫌いなんだ。
「ふーん、おとなしそうな顔して、やることやってんじゃないの。」
「なっ・・・、なんてこと言うんです、鏡坂さんっ!
 そ、そ、そ、そういう鏡坂さんこそ、ど、どうしてここに居るんですかっ!」
「あのぅ。。。」
割り込んできた士錬くんに、
「いいから、シレンは黙ってて!」
「いいから、シレンは黙ってて!」
ハモった。
「今日は、中華だからねっ!」
「きょ、今日は、和食ですっ!」
むむぅー、ここは一歩たりとも退けないっ!
熾烈な戦いが、台所で繰り広げられた。
「さあ、できた。シレン、ごはんよっ!」
「できました、鏡宮くん、お食事にしましょう。」
「・・・」(←士錬くんの声にならない声)
士錬くんは、中華と和食を、少しの優劣もつけずに、両方同時に食べるはめになった。
ついでに私たちも、夕食2倍。
ビールのヤケ飲みまで入って、お腹が張ったら、緊張感の糸が緩んできた。
「シレン、」
「鏡宮くん、」
「こーんな美女2人に囲まれて、とぉっても幸せじゃなーい。」
「私たち、とっても心配してたんですっ。」
美女2人のパラレルアタックに、さすがの士錬くんも折れた。
「・・・ありがとう。心配かけて、ほんとに済まなかった。」
「シレン、もう学校行かないって言ってたよね。」
「ああ、それは本当のことなんだ。 でも心配しないで、大丈夫。
 実は最近、ネット上で仕事を始めたんだ。」
「ネットで」
「お仕事?」
・・・私と咲ちゃんて、ほんとは息が合ってんのかなぁ。
「うん。ほら、最近はインターネットを通じて、自宅でも居ながらにして仕事ができるだろ。
 実は、俺のことをとても高く評価してくれている所があって、是非とも、という依頼が来ているんだ。」
「お仕事って・・・」
「ITの、プログラミングとか?」
「ああ、そんなところ。
 始めたら、すごくやり甲斐のある仕事だったんだ。
 それに、自分の能力を認めてもらえたっていうのが、何よりも嬉しかった。」
「そうだったんだー。学校行っても、私たちいずれは就職するんだしね。」
「だったら、やり甲斐のある仕事に就いちゃった方がいいですよね。」
「ねえねえ、それって、シレンくんの数学的才能を生かした仕事なのかな。
 昨日、数学は実戦に役立つ、なんて言ってたじゃない。」
「えっ、すごーい、そうなんですかー。」
「う、うん。そうなんだ。
 特別な計算を必要としている仕事で、その点、俺にはぴったりだった。」
「わぁ、良かったね。ホント、学校行ってる場合じゃないかも。」
「それならそうと、言ってくださいよー。」
いつの間にか、私たちはうち解けていた。
なんか、ビミョーな三角関係になったけど。

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