組織。
メンバーは、自らの属する国際規模の団体を、単に「組織」とだけ呼んでいた。
「組織」はいかなる国家、政治団体、宗教・思想団体にも属してはいなかった。
「組織」の中心メンバーは、世界有数の投機家によって成り立っていた。
メンバーの大半は、表に出て派手な名声を浴びることを好まなかった。
持てる財の規模に比して、組織が表面的なマスコミにほとんど取り上げられないのは、
彼らの行動がいかに慎重に配慮されたものであるかを裏付けている。
彼らは、静かに、迅速に、確実に、利潤を上げることを好むのだ。
メンバーのバックグラウンドは、実に多種多様であった。
年齢、性別、国籍、言語、文化、風習、信条、宗教。
メンバー同士が、お互いを縛る規約はほとんど無いと言ってよい。
彼らが唯一絶対のものとして信じているのは、“MONEY”。
ただ、それだけのこと。
それが結果として、彼らを自然と共通の目的へと導いているのだった。
「なーんか、実感湧かないよねー。」
私はGにぼやいた。
「全てが有限状態機械の中での出来事だからな。
もっとも、魔法で呼び出された私から見れば、この世の中も、有限状態機械の中も、似たようなものだ。」
「あたしはGみたいに割り切れないよ。
平和な学園生活エンジョイしてるのに、そんなスパイ映画みたいなことってホントにあるの?」
「“組織”はいつでも優秀で忠実な人材を欲している。
スカウトするには、できるだけ若い頭脳の方がいい。
この国の学生は平和ボケしてるようだが、それでも貴重なリソースには違いない。」
「ね、ね、じゃ、あたしのとこにもスカウトが来るのかな? ワクワク」
「それは無いな。若い女性という以外の意味では。」
あっさり言い切られた。ちぇっ、ツマンネ。
「でもさぁ、お金があるんだったらもっと普通にリクルートすればいいんじゃない。
会社とか作っちゃって、来たれ、優秀な若人よ!って。」
「それができない分野もあるということだろう。
クラッキング活動、非合法の境界線、いざとなったらいつでも切れる外人部隊。」
スパイ映画で培った、いろんな妄想が私の頭の中を横切った。
「そんなんじゃシレンくん幸せになれないよ。
最初にちょっとばかりお金もらったって、いいように使われて、きっと最後はポイッてされちゃうんだ。」
「最後はポイッ、か。」
Gは遠くを見つめて呟いた。
「自分が認められないという不満と苛立ち。
それがいつの間にか社会への憎悪と復讐にすり替わって、過激な行動へと駆り立てる、か。」
「だめだめ、そんなの絶対。
正義の魔法少女リンちゃんが許さないんだからっ!」
「マスターのような女性がいて、士錬は本当に幸せものだな。」
「でしょ、でしょ、って、えーーーーーっ!」
そんな言葉をGが素直に吐いたのが意外だった。
「そこまで驚くことは無いだろう。
私もかつては生身の人間だったのだ。
士錬を救えるのは、結局はリンのような女性なのだろうな。」
えっへん!
このとき初めて、私はGが本当に味方になってくれたって感じたんだ。
「それでは、愛しの士錬くんを救うために、少々小細工をするか。」
「そんなことしなくったって、愛の力でバーンっていっちゃだめ?」
「バーンと何をするんだ。
うっとうしがられるか、いいように使われて、きっと最後はポイッだぞ。」
「・・・そこまで露骨に言わなくたっていいじゃない・・・」
「いいか、何らかのクラッキング能力を身に付けた士錬が最初に取る行動は、何だと思う。」
「うーんと・・・銀行強盗、かな。」
「いきなりそんな露骨なところを狙うものか。
最初は必ず、身近な環境で試すはずだ。
犯罪にならない程度の小規模なところで。」
「さっすがはG、犯罪者の心理をよくわかってるー。」
「・・・で、どこかにそういった心当たりは無いか。」
「心当たりって・・・あっ、計算センター!」
「そう、大学の計算センター、そして研究室のデータ。
この2つはローカルに直結していたはずだ。
私が士錬なら、真っ先にこれらのクラックを試みるな。
バレたところで大した罪にも問われないだろうし、研究室のデータは、今一番欲しがっているはずだ。」
「で、どうするの。」
「我々が先にクラックしよう。」
「へっ?!」
「そして、ラブレターを書き残しておこうじゃないか。」
「でも、私の学生用IDじゃ、たいしたことできないよ。」
「普通ならばね。」
「普通じゃなかったら?」
「まずはLAN内に飛び交っているパケットを組み立てる。」
はぁ、そんなことできるのかしら?
ほとんど暗号化されてるんだよ。
そんな私の疑問をよそに、Gは滝のように流れてくる何本もの数字の洪水を凝視し始めた。
数字と意識だけの特別な世界に入っていったみたい。
私の姿は、もうとっくにGの視界からは消えていた・・・
・・・7時間29分後、秘密のゲートが開いた。
こんなの全然、普通じゃないよ!
私たちの残した“ラブレター”は、簡単な暗号を施してデータフォルダーに紛れさせた。
cf e3 c5 f2 c5 8b d4 11 ca 8c c4 29 c4 25 c4 0d c6 1c c5 91 c6 06 cd 94 c5 9a c5 83 d5 2a c5 ad c6 06 cd 94 c5 9a ce fd c5 ed c5 86 c5 83 d0 88 d0 da c5 b7 c9 a0 c5 ad c6 05
「でも、こんなボトルメールみたいな方法で、士錬くんに想いが伝わるのかなあ。」
「いや、このメッセージ、どうやら予想以上に高い確率で伝わるようだぞ。
マスター、このファイルを見たまえ。」
そう言ってGは、最も日付が新しい1つのファイルを開いた。
c3 f6 c3 f3 d9 33 c2 2f c2 23 c2 0b c0 1a c3 f2 c3 b0 c3 97 c0 00 d2 d1 d3 ef c3 80 c3 85 cc fd ca 1d c3 87 d2 ee c3 f7 c3 ff c3 a7 c0 03
これって、ここに来るべきハッカーに宛てたメッセージ、ってことは・・・
私たちと全く同じことをした人がいる! しかも、ほんの少し以前に!!
「ふーむ。。。」
さすがのGも首を傾げた。
「これはまた興味深いな。つまるところ、人の考えつく先は一緒ということか。」
「どうする、これ。」
「行き着く先は同じなのだから、今は我々のメッセージと共に静観しよう。
やがて、向こうも気付くはずだ。」
私たちは、士錬がラブレターを開封する日を待つことにした。
正体不明の、第3のハッカーと共に。