Gの夢 -- Story Part
第3話 ライバル登場、三角関係、じゃなくって三次方程式
2009/09/01  
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士錬くんには、数学をダシにして急接近した。
とにかく話しかける話題ができたんだ。
私のこと、どう思ってるんだろう。
変なやつだと思ってるのかな。
それとも、女の子に話しかけられて、まんざらでも無いと思ってるのかな。
だいたい、何で数学なんだろう?
私は、そんなに数学が得意でもないし、特別好きってわけでもない。
でも、士錬くんは情熱を傾けている。
そんな情熱を傾けている士錬くんが好き。
だから、よくわかんないことでも、アタックして士錬くんの情熱を焚きつけてみるんだ。

・・・

「ねえ、シレン。」
今日も授業の帰りに聞いてみた。
「二次方程式があるってことは、三次方程式っていうのもあるのかな。」
「おっ、鋭いね。もちろんあるよ。」
「じゃあ、三次方程式にも公式があるんだね。学校じゃあんまり教わらないよねー。」
「そうだね、ちょっと複雑だし、二次に比べれば出番も少ないしね。」
「じゃ、四次にも、五次にも、その先にも、ずっとずーっと公式があるんだ。
 数学者の仕事って、無くなんないねー。」
「ところが、そうじゃないんだ。公式があるのは四次まで。
 五次方程式より先には、もう代数的な公式は無いんだ。」
「それって、もう解けないってこと?」
「そうだね、解けない、の意味にもよるけど。
 公式で解けなくたって、コンピュータの力で近い答えを探し出すことはできるし、
 楕円モジュラー関数っていう特別な関数を使った公式もあるらしい。」
楕円って、まあるいのかな?
「楕円っていっても、“ながまる”とはあまり関係無いんだ。
 実は俺も、よく分かんなくて、勉強中。」
どうしてあたしの考えてたことが分かったんだろう?
もしかして開いた口が“ながまる”になってたからかな。
「へー、シレンでもわかんないことあるんだー。」
「をいをい、そこまで何でも分かってたら、学校なんか行かないって。」
「やーい、負けた負けた。じゃ、わかってるところで、三次方程式。」
「うっ、なんか悔しいなぁ・・・三次方程式の公式だって、暗記しているわけじゃないんだよ。」
「でも“形”を覚えてるんでしょ。」
「そうだね、ちょっとやってみようか。」
そういって、士錬くんは今度はサイコロの絵を描き始めた。
「今回はグラフじゃないんだ。」
「うん、三次だから三次元で、立方体。」
そしてサイコロの絵を切り分けて、小さな積み木に分解した。
「いきなり完全版だと難しいから、ちょっと簡単にして x^3 + a x + b = 0 を解いてみるよ。」
「それが何でサイコロなの?」
「サイコロになってしまえば、x^3 = c のときの x は c の立方根 3√ c ってことで答になるだろ。
 だから、問題は方程式をどうやってサイコロ型にするかってことなんだ。」
「ふーん、じゃ、二次式のときは正方形?」
「そう、x^2 = c のときの x は平方根 √c だから、実は正方形を作っていたんだよ。」
そう言いながら、士錬くんは積み木の絵を完成させた。

「いいかい、この積み木をよーく見て、式を作ってみるんだ。」
 x^3 = (サイコロ全体) - (
   (縦,横,上下にナイフを入れて、3個の積み木を切り取る)   ・・・幅 v の積み木
    - ( (重なっている細長い3個分を差し引く)      ・・・幅と高さが v の積み木
      - (さらに3重に重なっている部分を差し引く)   ・・・v^3 の立方体
     )
   )
うぅ、目がちかちかしてきた。
私はものすごく積み木の絵と格闘する、士錬くんは式を続ける。
  x^3 = u^3 - 3 u^2 v + 3 u v^2 - v^3
「積み木の絵を式に直すと、こうなる。これに、a x を加えてみよう。
 x = u - v だから、a x = a (u - v) ってことになる。」
  x^3 + a x = u^3 - 3 u^2 v + 3 u v^2 - v^3 + a u - a v
くくぅ、私はもう何も言えなくなった。士錬くんの式の続きを見守るだけ。
「サイコロにするには、3乗以外のところが無くなってほしいので、
  - 3 u^2 v + 3 u v^2 + a u - a v
 = - 3 ( u v - a/3 ) (u - v)
これが、= 0 になっていてほしい。
だから、このさい u v = a/3 ってことにしよう・・・」
・・・聞かなきゃよかったかなぁ。
士錬くん、すっかりギブアップしている私に気づいたみたい。
「・・・ここでやめとく?」
助け船が出た。
ふぅ、そこが士錬くんのいいところ。
ただの数ヲタだったら、私を無視して、どんどん自分の世界に入っていっちゃうんだよね。
「やーい、負けた負けた。」
士錬くんが、あたしの口調をまねてからかった。
「うっ、なんか悔しいなぁ。」
なんか、ますます悔しいよー。

「あらっ、そこまでくれば、あと少しじゃないかしら。」
聞き慣れない声に、ふと顔を上げてみた。
声の主は、おとなしい感じの女の子。
長い髪に、ぽーっとした、やわらかな表情。
クラスメートだったっけ。
ええと、名前は確か、初桐 咲(ハツトウ サク)・・・他人のそら似だからねっ!
「あっ、ごっ、ごめんなさい。楽しそうなお話だったので、つい・・・」
「えーっと、初桐さんだったっけ。」
「はいっ」
初桐さんは、恥ずかしそうに微笑んだ。
ちょっとかわいい・・・って、何見てんだ、あたし。
「あと少しって、この先がわかるかな?」
「はい。そこまでくれば、あとは u v = a/3 のもとで u^3 - v^3 = b を解けばいいんじゃないですか?」
「ご名答! すごいな、ちょっと耳にはさんだだけで、そこまで分かるなんて。」
「そんな・・・たまたまですぅ。」
え、なに、なに、なんなのよ、この娘。
士錬って、数学の話ができる女なら、誰でもいいわけ?!
「そうだね、後は v = a /(3 u) として、u^3 - (a/(3 u))^3 = b を解けばいい。
全体を u^3 倍すれば
  u^6 - b u^3 - (a/3)^3 = 0
これって u の6次式みたいだけど、X = u^3 って塊で見れば、二次方程式だ。
  X^2 - b X - (a/3)^3 = 0
これを解けば X が求まって、そこから u -> v -> x が順番に出てくるってわけ。」
初桐さんが口を開いた。
「私、三次方程式ってもっと難しいものだと思ってました。
 でも、基本はサイコロなんだってわかって、ちょっと感動です。」
「うん、難しく言うと“立法完成”って言うんだ。
 本当は、三次方程式には3つの解があるから、立方根をとるところをもう少し考えないといけない。
 それでも、問題が形になって見えてくるのは、楽しいよね。」
なんか、士錬くん、とっても楽しそう。
なんか、私だけ、おいてけぼり。
おもしろくなくって、悔しくって、言ってはいけない言葉が、ついポロッと口からこぼれ出た。
「・・・数ヲタ。」
「えっ!」
空気が止まった。
「・・・こんなの、ただの数ヲタだよ。もういい、帰る!」
ガタンッ!
椅子を蹴っ飛ばして、そのまま後を振り返らずに、教室から駆けだした。
どうして、どうして!
私って、いやな娘だ。
とっても、とっても、いやな娘だ。
士錬くんだって、きっと嫌いだ。
私はまっすぐ自分の部屋に戻ると、鍵をかけて閉じこもった。

・・・

初桐 咲は、引っ込み思案で、おとなしい、目立たない性格の子だった。
いままで、両親の言うこと、先生の言うこと、大人の言うことをまじめに聞いて、まじめにこなしてきた。
他人の心の中に踏み込むことができず、踏み込まれるのも怖くて、本当に心を許せる友人というものがいなかった。
そんな咲は、人生の転機に1つの重大な決意をした。
「大学に入ったら、前向きな、明るい自分になるんだ。」
咲の隠された秘密、それは、魔法が使えることだった。
一生のうち3回だけ、命を賭けた魔法を使うことができる。
その1回目を、咲は、前向きな明るい自分のために使った。
「―――お願い。私は心を許せるお友達が欲しいの。
 選択と分離の位相に、イデアルとフィルターを束ねよ、
 友愛の寄るべに従い、この意、この理に普遍なる構造を成して結び給え!」
魔法陣の中から現れたのは、温厚な笑みを携えた、理知的な青年だった。
 ――― 彼は、自らを“A”と名乗った。

Aは咲の良き理解者となった。
うれしいときも、悲しいときも、Aはいつも穏やかに、咲の話に耳を傾けるのだった。
「今日は何かいいことがあったようだね、咲。」
「えへへ、わかったー。」
Aは、咲の気持ちをいつでも機敏に察知した。
「今日は、初めて自分から声をかけてみたの。」
「そうか、それはよかった。大進歩じゃないか。」
「えっと、1人は鏡宮くん。彼、すごく数学の勉強ができるって評判なんだよ。
 もう1人は、鏡坂さん。でも、第一印象だと、ちょっとつきあいにくいかな。」
「数学が好きな友達か、それは良かった。
 いずれは私も会ってみたいものだな。きっと、私とも良い友人になれるだろう。」
Aが自分の感想を口にするのは、どちらかといえば珍しい。
それは、たいてい数学についてだ。
あまり自らを語らなくても、咲にはわかっていた。
Aが、数学についてとても深い造詣を持っていること。
そしてAは、誰よりも深く数学を愛しているということを。
とにかく、今日は小さいけれど、大事な一歩を踏み出したんだ。
負けるな、咲っ、ふぁいっと〜!

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