Gの夢 -- Story Part
第2話 恋の始まりは二次方程式
2009/09/01  
前へ 上へ 次へ

「シレン!」
私は思いきって、声をかけてみた。
もちろん、登校30分前から待ち伏せしてたんだ。
えーっと、何言おうとしてたんだっけ?
さっきまで、一生懸命考えていたセリフが出てこない。
なんで?! 頭の中が真っ白!
何か、何か言わなくちゃ。
「・・・君は不可能の何たるかを理解していないようだな。」
「はヒッ?!」
一瞬、空気が凍った。
鳩が豆鉄砲食らったような顔って、きっとこのことだ。
とっ、とりあえず、着目してもらえたのかな。
「・・・え、えーっと、ダイスウホウテイシキは・・・フクソスウの中に、必ず解を持つ・・・んだよ、ね。」
「リン・・・」
「な、なに。」
ドキッ、士錬くんが私の方に歩み寄ってきた。
「おまえ、頭、大丈夫か? 慣れない勉強のしすぎだよ。」
士錬くんが私の額に手を当てる。
「ははっ、どうやら熱は無いみたいだね。」
もう、そんなことされたら、ますます熱が上がっちゃうじゃないっ!

後でわかったんだけど、Gは魔法陣から遠く離れることはできないみたいだった。
なんか、魔力の供給源がどーたらこーたら言ってた。
だから、Gが普段行動できるのは、ほとんど私の家の中だけで、
たまに月の魔力の高まる夜だけ外出することができるんだって。
まあ、あんな生意気な奴が学校までついてきたら、うっとうしくてたまらないけどね。

とにかく捨て身の戦法で、私は士錬くんに、数学の勉強を見てもらう約束をとりつけた。
結果的には作戦成功、やった!

・・・

その日の午後、私は士錬くんの家を尋ねた。
ピンポーン! ピンポーン!
「はい、どうぞ。こっちに上がって。」
男の子の部屋に入ったのって、小学校以来初めてだ。
なんか、興味津々。
壁には私の良く知らない、ロックスターのポスターが貼ってある。
その傍らには、ピアノをちっちゃくしてギターみたいな形にした楽器が置いてあった。
「ショルダーキーボードっていうんだよ」
「シレンくんって、こんなの弾けたんだー。ねっ、ねっ、何か弾いてみて。」
「しょーがないなぁ。じゃ、ちょっとだけだぞ。」
ポップでテクニカルな電子音が鳴り響く。
透明なクリスタルをはじいたような音。
ビヨーンって伸びる、バネみたいな音。
ゲームみたいな、ピッポッパッっていう音。
小さなキーボードは、まるで音の玉手箱みたい。
「わぁ、すごい、すごい!」
知らなかった、士錬くんの新たな特技をまた一つ発見しちゃった。
机の周りには2台のパソコンと、見慣れない機械の山。
その奥の、透明なプラスチックケースの中に、ガラスの粉のような結晶が光っているのを見つけた。
砂粒のような結晶なのだけれど、窓の光を受けて、キラキラ輝いていたの。
ほとんど透明に近い水色の中から、シャープなエッジが返す鋭い光沢。
「きれい・・・」
「おっと、これはただきれいなだけじゃない。計算をする、すごい石なんだ。
 普通のパソコンなんかじゃできないような計算も、この石を使って解くことができるんだよ。」
「えー、すごい、すごい、やってみて、やってみて!」
なんか、あたしってこればっか。
「残念でした、ここでは無理。研究室にあるNMRを使わなきゃね。
実はこれ、研究室からちょっとだけ頼んで持ち帰ってきたものなんだ。」
研究室っていうのは、私たちが専門課程に進んだときにお世話になる、大学での配属先のこと。
士錬くんは、もう配属する研究室を決めていて、ちょくちょく出入りしているんだ。
パソコンができる腕を買われて、わりと重宝されているみたい。
(自称)天才だからね・・・なんか、あたしなんかとは大違いだ。
「ふーん、じゃ、これでどんな計算ができるの?」
「そうだなあ、たとえば素因数分解かな。
 実際に15の素因数分解なら解けるんだけど・・・」
「えっ、それって5x3ってこと?」
「う、うん。。。」
「ガクぅ、そんなのあたしだってできるよ。ケータイだって、DSだってできちゃうよー」
「・・・DSは無いと思うんだけど。」
「あ、さてはあたしが全然勉強できないからって、からかってんでしょ。」
「そう言えば、おまえ数学できないから見てもらうっていって、来てたんじゃなかったっけ?」
ギクぅ、そういえば、そうだったっけ。
それでキラキラ結晶の話は終わりになった。
そのときの私は、本当に分かっていなかったんだ。
あの結晶が、どんなにすごいパワーを秘めているかってことを。

「それで、何がわからないんだい?」
「えへへ、方程式の解き方ってのが、わかんなーい。」
「どれどれ、ちょっと見せてみな。・・・おまえ、これ中学生の問題じゃん。よく大学入れたな。」
「ぶぅーだ。いいの、たぶん英語のデキがよかったんだからっ。」
「そんでもって、今になって苦労してるんだ。」
「うぅ、図星。こんなに何でもかんでも数学が出てくるなんて、知らなかったんだよー。」
「おまえ、二次方程式って、知ってる?」
「えっ、エックス二乗ってやつかな・・・」
急に声がちっちゃくなった。
「うーん、未知数の最高次数が2の方程式ってことだけど。
 それよりもリン、二次方程式って、何に使うんだか、わかるか。」
いまリンって呼んだ、リンって!
「えーっと・・・にゃははー、それがいちばん分からないんだよー。
 シレン、こういう方程式って、ホントに役に立つのかなぁ。
 なーんか、あたしみたいなのをイジメるためにあるんじゃない?」
軽い気持ちで振り向いてみたら、シレンはとっても真剣な表情だった。
「リン。。。確かに、大学の数学なんてのは、実社会のクソ役にも立たない。
そんなことは最初からわかっているんだ。
それでも、僕は数学が好きだ。
就職の役に立たなくたって、好きで、過去にも好きな人がいて、きっと未来にも好きな人がいる。
それじゃだめかな。」
しゃべりすぎたと思ったのか、士錬は言い終えてから決まり悪く、ちょっと恥ずかしそうにした。
かっこいい。
好きだって、真剣に言い切れるのが、かっこいい。
士錬は数学を信じて、ここまで来てるんだ。
私は、そんな士錬が大好きだ。

「で、その二次方程式なんだけど、たぶん解の公式ってやつを暗記したんじゃないかな?」
士錬くんはノートに書き出した。
  a x^2 + b x + c = 0
  x = -b ±√(b^2 - 4 a c) / (2 a)
「あっ、そうそう。シレンくん、よく覚えてるよねー。  私、試験前にギューって覚えて、終わったらすっかり忘れちゃった。」
「別に覚えているわけじゃない。形をイメージしているんだ。」
「へっ、形?」
「そう、形。リンはこの式を見て、何かの形がイメージできるかな?」
そんなの初めて聞いた。
式に形があるなんて。
「ルート記号って、先っぽがとんがってて、ちょっとおもしろいよね。。。」
「違う違う、形っていうのは、グラフのことなんだ。」
あー、なんかポイント下げたかなー。
でも、士錬くんは楽しそうに笑って続けた。
「とにかく二次式っていったら、放物線の形を描いてみる。」
そう言って士錬くんは、おわん型のカーブをノートに描いた。
「ルートっていうのは、ここの長さのこと。
 だからこの放物線の形でもって x^2 = c の答がわかる。」
なーるほど、放物線って、そんな目で見るんだ。
「次に、この放物線が横にずれたらどうなると思う?
 例えばこうやって、rだけ右に寄っていたら。」
「・・・たぶん答にrだけ足したらいいんだと思う。」
「おっ、その通り。わかってるじゃないか。」
へへー、ポイント回復。
「で、先に言っちゃうと、この放物線の真ん中、rって書いた長さが -b / (2 a) になっているんだ。
 これが公式の先頭の部分だ。」
私は、式とグラフを代わる代わる見比べてみた。
今、公式の謎が、ちょっぴり解き明かされたみたい。
「それじゃあ、ルートっていうのは、ここの長さのこと?」
「おっ、冴えてるぞ。その通り。
 この、おわんの深さが (b^2 - 4 a c) ってところ。
 だから左右に広がった、ここのところに±√が付く。
 二次方程式は答が2つ。
 もしおわんの深さがなくなって、宙に浮いていたら、実数の答もなくなる。」
形って、そういうことだったんだ。
真ん中から、左右に広がる。
公式は、確かにそういう形になっている。
「あとは1つ1つの記号を一致させるパズルだ。
 この最後の2つの式を見比べれば、未完成のピースが埋まってゆく。」
  a (x - r) ^ 2 + s = 0
  a x^2 - 2 a r x + a r^2 + s = 0
  a x^2 + b x + c = 0
「ほら、b が - 2 a r と同じで、c が a r^2 + s と同じってことだろう。
 ここから r = - b / a 2 と、s = -(b^2 / 4 a^2) + c ってことがわかる。
  x = r ± √(s / a) だったから、ここに r と s を入れれば公式の完成!」
いま、わかった。
士錬くんは“形”を見ている。
だから数式に血が通うんだ。
私は“形”を見ていない。
だから、形のない記号を覚えるしかなくって、そんなのイジメだとしか思えないんだ。

「シレン。」 「何?」 「シレンって、前に“どんな方程式でも解けるんだ”って言ってたよね。」
「えっ、そんなこと言ったかなぁ?」
「言った、言ってた、教室で。」
士錬はちょっと思い出すようなそぶりを見せた。
「ああ、それってニュートン法のことだ。」
「それそれ。ニュートン法っていうので、なんでも解けちゃうの。
 だったら、それだけ知っていればいいんじゃない?」
「ううん、ちょっと違うんだ。
 解けるといっても、厳密な解の公式があるわけじゃ無い。
 コンピュータの力を借りて、近い答を力ずくで探し当てるって感じかな。」
私は、Gの言葉を思い出した。
「あ、なんかそれ、同じこと言われた。」
「えっ、誰に?」
私は言葉につまった。
Gのことを、誰って言えばいいんだろう?
「え、えーと、数学がすごく好きそうな友達。」
「ふーん。数学好きだったら、俺と話題が合うのかな。」
そう、いつかきっと、士錬とGは出会うことになる。
でも、きっと士錬とGとは、ソリが合わない。
これは私の直感。
士錬とGには、似たところがある。
同じ極性が反発し合うように、きっと士錬とGとは反発し合う。
なぜかそんな気がする。
魔法使いの直感は、良く当たるんだ。

ページ先頭に戻る▲