Gの夢 -- Mathematical Part
★ Aと咲とシレンとリンの数学夜話 ・ 第13回:可解群の階段 ★
2009/09/01  
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結局シレンは意地を張って、Gが居なくなるまで、ここには来なかった。
あいつとはどうしてもソリが合わないんだって。
私から見れば似た者同士に見えるのに、そういうのに限って、お互いに意地を張り合うんだね。
でも、私は知っている。
シレンは、とてもGのことを尊敬していた。
そして、Gはシレンのことを、とても気にかけていた。
そうでなければ、別れ際に、あんなこと言わなかったはずだ。
  「・・・リン、シレンを頼む。」
今日になって、やっとシレンは私と一緒に来てくれた。
いちおー私が頼み込んだって形なんだけど、ホント、最後の最後まで面子にこだわるんだから。

・・・

A「・・・で、それが最後にGが残していった、置き手紙なわけだ。」
私は、Aと、みんなにGが残していった手紙を見せた。
A「まったく、200年前に人類に残していった手紙みたいだ。
 後から解読する者は、さぞかし苦労することだろうよ。」
今度は、Aがため息を漏らした。
咲「でも、方程式が見えない形を持っているなんて、とっても不思議で美しいですね。」
凛「“全ては一本の論理の糸で結びつけられている、1つの事実なんだ”って、Gが言ってた。
 本当に、最後には1つにつながっていたんだ。」
士錬「群論っていうのかな。代数学の基礎、現代科学の土台だって言われてるのだけれど、
 目に見えない基礎部分って感じで、なかなか実感がつかみ取れない気がするんだ。」
A「そう、群は本当に見えにくい。
 まるで空気のように、意識されない形で、現代科学全体をふんわりと覆っている。」
凛「やっぱ、科学でも空気読めないとだめなんだ。」
A「代数学はもちろん、今日では、幾何学も、物理学も、群論抜きでは成り立たないだろうね。
 どんなことでも、歴史的に最初に得た着想こそが、後から学ぶ者にとっても一番の要になる。
 なので、Gの残していった手紙を、200年前の人類の気持ちになって、
 もう1度読み返してみるといいんじゃないかな。」
凛「まず、あたしに残していった、こっちの手紙の方が先だよ。」
A「そうだね。まずは方程式の“見えない形”について、Gの言いたかったことを振り返ってみようか。
 全てを貫くアイデア、“咲と凛の大発見”は、こういうことだった。」

 ★ 方程式の解法 = 方程式の答の入れ替えパターン = 代数体の入れ替えパターン
咲「大発見って言われると、なんか恥ずかしいな。。。
 あのときは、なんとなくわかったような気がしてたのだけど、
 やっぱり、方程式と体がなぜ同じなのかかって、うまく説明できないように思う。」
A「うん。まずは体の拡大と、方程式の解の置換との関係を、もう少しはっきりさせようか。
 体の自己同型という所から、話を始めよう。
 いまある代数体Kの上に、1つの自己同型写像があったとする。
 その自己同型写像に従って体を移し替えたとき、体の中にある数は、どうなるのかな?」
凛「えっと、全部別の場所に移動するのかな。フルーツバスケット!みたいに。」
士錬「うーん、ちょっと違うかな。フルーツバスケットは全員が移動しなきゃならないけど、
 体の場合には、動く数と、動かない数があると思う。
 ほら、メガネをかけた人だけ移動する、みたいな感じで。」
A「それはいい例えだ。シレンの言う様に、一般の自己同型には、動く数と動かない数がある。
 例えば、複素数のiと−iをひっくり返したときに、実数は全く動かないだろう。」
咲「そういえば、移動の中心軸になっているところは、動きませんね。」
A「そう、とにかく体の同型写像に対して、動く数と、動かない数がある、まずこれが1点目。
 次に、今度は数ではなくて、数を組み合わせて出来た式が動くかどうかを考えてみよう。
 数に動くものと動かないものがあるのだから、それを組み合わせた式にも、
 動く式と動かない式があるだろう。」
凛「虚数をひっくり返しても、実数で出来ている式は変わらないってことかな。」
A「確かにそれもあるけれど、方程式にはもっと解法に直結する、“動かない関係”があるんだ。」
士錬「・・・それって、対称式のことじゃないかな。」
凛「対称式って、、、入れ替えても変わらない式ってこと?」
士錬「ああ。α+βっていう式は、αとβを入れ替えても変わらない。
 α・βという式だって、αとβについて対称だろう。」
A「その通り、いいところを突いた。
 αとβを入れ替えても変わらない式がある。
 だったら、(x - α)(x - β) = x^2 - (α+β) x + α・β という式はどうだろう。
 実はこれ、二次方程式なのだけれど、αとβを入れ替えても変わらないじゃないか。」
咲「ほんとだ。二次方程式は答を入れ替えても、式自体の値は変わらない。」
士錬「二次方程式だけじゃないよ。
 三次方程式だって、3つの答を入れ替えても、式自体の値は変わらないし、
 四次以上の、どんな代数方程式だって、そうなっている。」
A「そういうことだ。そこで体の自己同型写像の話に戻ると、
 αとβをひっくり返すような体の自己同型写像で、二次方程式の値は変わらない、ということになるだろう。」
咲「ここで体と方程式がつながるんですね。」
凛「でも不思議だよね。
 体がぴったり重なるのと、方程式の答の入れ替えって、なんで同じになるんだろう。
 たまたま偶然同じだったのかな。」
A「もちろん偶然ってわけじゃない。
 そして、全ての体が必ずしも方程式とぴったり重なっているとは限らない。
 だから、いろんな体の中で、方程式と同じ対称性を有しているものは特別重要なんだ。」
咲「いろんな体の中でも、特に方程式とぴったり重なっている体だけをピックアップしていたんですね。
 ええと、そういう特別な体のことを・・・」
A「最小分解体と呼んでいた。
 ある1つの代数方程式に対して、最小分解体は必ず存在している。
 例えば有理係数上で α、β、2つの答がある方程式は、Q(α,β) 上で必ず因数分解できる。
 つまり、Q(α,β) は元の方程式の分解体になっているわけだ。」
士錬「そこでαとβを重ねることができるか、Q(α,β)=Q(α) って、まとめることができるかどうかが問題だな。」
A「それが代数方程式の場合には、うまいことまとまるんだ。
 体というのは、同型写像で写しても四則演算ができる、ということだったから、
 もとの方程式を同型写像で写した先の方程式も、もとの方程式と同じように成り立たないといけない。
 全ての同型写像で同じように方程式が成り立つってことは、同型写像で同じように答を移し替えるってことだろう。」
(数学夜話 第10回 * なぜ、体の同型写像は、方程式の答を共役数の上に写すのか?)
凛「うーん、それが体の性質だって言われたら、納得しないわけにはいかないんだけど・・・」
A「でも、もっと根本的な理由は、べき根が高い対称性を有しているからだと思う。
 ほら、1のN乗根って複素平面の上でN角形になっていただろう。
 3乗根は正3角形、4乗根は正方形。代数方程式って、結局はべき根の組み合わせだろう。
 べき根の持つ対称性が、そのまま体に反映されていると思えばいいんじゃないかな。」
咲「・・・べき根の形、そう言われた方が、納得できますね。」

A「ここまでの話で、とりあえず
  方程式の答の入れ替えパターン = 代数体の入れ替えパターン
 ってことが分かってもらえたかな。」
凛「ふゎーい。」
A「では次に、方程式の解法と、答の入れ替えパターンが、どのようにつながっているかを見てみよう。
 基本となるアイデアは、これだ。」

 ★ 方程式を解くためには、答を入れ替えても全く変わらないような原料から、
   入れ替えて変わる結果を作り出さなければならない。
A「もともとの方程式の値は、答を入れ替えても変わらない。
 しかし、最終的な複数の答は、それぞれ別の数だ。
 だとすると、最初に方程式が持っていた対称性を、どこかで破らないといけない。」
凛「そんでもって、その対称性を破ることができるのは、べき根だけってことだったよね。」
咲「体を拡大するのも、べき根だったよね。
 この辺がなんとなくつながっているような気がしたんだ。」
A「なんとなくではなくて、実は群を通じて、しっかりとつながっているんだ。
 Gが最後にまとめた“方程式が代数的に解ける条件”を見てみよう。」
N次方程式の答の入れ替えが作る群は、対称群Snである。
その対称群Snが、次のような仕方で順次部分群に分けられるとき、もとの方程式は解ける。
1.もとの群から、正規部分群が取り出せること。
  (答が全て、体に含まれていること)
2.正規部分群を取り出したときにできる商群が、素数位数の巡回群となっていること。
  (べき根という操作によって解けること)
3.1.2.の仕方で次々と作っていった部分群の系列が、最後には恒等変換{e}に達すること。
  (最後には完全に解けること)
A「まず前提である、
 “N次方程式の答の入れ替えが作る群は、対称群Snである。”
 これはいいよね。」
士錬「N個の要素の置き換え方法のことを、対称群Snって呼んでいる。」
凛「n!ってことで。」
A「OKだ。じゃあ
 “1.もとの群から、正規部分群が取り出せること。”
 これはどうかな。」
咲「正規部分群っていうのは、さっき言ってた“方程式とぴったり重なっている体”ってことですよね。
 方程式の答が、同型写像の中にぴったり入っているような体が、解法に役立つんでしょ。」
士錬「方程式の答、共役数がちょうどぴったり入っているような体が、最小分解体。
 それを群の言葉で言えば、正規部分群ってことになるのかな。」
凛「これってGの手紙の中にも説明があった。
 “もし右剰余類と左剰余類が異なっていたら、類別が2系統できてしまう。”
 って書いてあった。」
A「200年前の手紙にも、説明が書いてある。こんな風に。
 群Gが群Hを含むとき、群Gは
  G = H + HS + HS' + ・・・
と、Hの順列に同じ置換を掛けて作られる組へと分解されるし、また
  G = H + TH + T'H + ・・・
と、同じ置換にHの順列を掛けて作られる組へとも分解される。
 この2通りの分解は、通常は、一致しない。一致するときが、固有分解と呼ばれるものだ。
士錬「200年前には“固有分解”って言っていたんだ。」
A「当然そのときには、現代風の群論の用語は無かったんだ。
 なにせ、これが最初なんだからね。
 もう少し昔の手紙を読み進めてみようか。」
 方程式の群が固有分解されない場合には、その方程式をどんなに変換しても、
変換された方程式の群は、いつでも同じ個数の順列を持つ事が、すぐに判る。
 これに反して、方程式の群がN個の順列を持つM個の組へと固有分解される場合には、
与えられた方程式を二つの方程式によって解くことができる:
方程式の群が、M個の順列を持つものと、N個の順列を持つものとで。
A「さあ、このくだりが、現代風に言えば
 “2.正規部分群を取り出したときにできる商群が、”ってところに相当する。
 方程式を解くということは、もとの方程式が持っていた個数の順列を、
 MxNのように、2つの順列に“固有分解”するっていうことなんだ。」
咲「・・・えーっと、その“固有分解”と、さっき言ってた代数体がうまくつながらないんですけど・・・」
A「そうだね、もう1度、代数体に戻って考えてみようか。
 有理数体Qに、方程式の答α,β,γ,・・・ を全て付け加えた体Q(α,β,γ,・・・)を考えてみよう。
 もとの方程式は、この体Q(α,β,γ,・・・)の上で解けるはずだ。」
凛「答が入っているんだから、当然そうなるよね。」
A「ここでQ(α,β,γ,・・・)の自己同型写像を考えると、
 実は方程式そのものは動かないってことを、先ほど見てきた。」
咲「そうでした。」
A「ところが、同じ方程式を有理数体Qの上で見ると、どうなるか。
 Qには数を移し替えるような写像も無いし、代数方程式も解けない、一般的には。」
士錬「二次方程式だって、√が無ければ解けないってことだな。」
A「そう、二次方程式のときには、それで良かった。
 問題となるのは、三次以上の複雑な場合だ。
 三次方程式以上になると、Qと、Q(α,β,γ,・・・) の間に、中間ステップを刻む必要が出てくる。
 三次方程式を一気に解くことはできなくて、
 いったん次数の低い二次方程式に落とし込まなければならない。」
咲「それ、補助方程式って言ってました。」
A「そうなんだ。
 四次方程式だったら、四次 → 三次 → 二次 といった具合に、1つずつ次数を下げていかないと、解けない。」
凛「そんなことしなくったって、エイヤーって、一気に解く方法って無いのかな?
 高いところからいっぺんに飛び降りるみたいに。」
A「それがあるかどうかも、結局は方程式の群からわかってくるんだ。」
士錬「方程式によっては、一気に解けることもあるよ。
 たとえば x^5 = 1 なんていう方程式は、複素平面上の5角形ってことで、いっぺんに答が出せる。」
A「肝になるのは“階段を下りる方法”が、べき根という操作だけだってことなんだ。
  x^5 = 1 は、1回だけのべき根で、一気に下まで飛び降りてこれる。
 でも、そうでない場合には、1回のべき根で一段しか下りてこられない。」
咲「高い次数から、一段ずつ階段を降りてゆくというイメージなんですね。
 そして、その一段の段差はべき根というものになっている。」
A「いま、咲の言った階段のイメージを、体と、群の2つの側面から見てみよう。
 まず体の方から言うと、有理数体Qから出発して、1段ずつ体を拡大していって、
 最後には答の体Q(α,β,γ,・・・) に至るステップだということになる。
 その体の拡大に合わせて、群の方は、対称群Snから出発して、1段ずつ部分群を取り出していって、
 最後には恒等変換 {e} だけが残るというステップを刻む。
 並べて書くと、こんな風になる。」
  体:  Q ⊂ L1 ⊂ L2 ⊂ L3 ⊂ Q(α,β,γ,・・・)
  群:  S4 ⊃ A4 ⊃ V4 ⊃ U ⊃ {e}
  式:  既約 F(x) → ・・・ f1(x) f2(x) ・・・ → (x-α)(x-β)(x-γ)(x-δ) 完全に分解
A「これは四次方程式の例だ。
 L1, L2, L3 っていうのは、Qと Q(α,β,γ,・・・) の間にある、中間ステップの拡大体だ。」
士錬「この、式:ってところは・・・」
A「式:のところはちょっとゴマカシているけれど、Q上で全く解けなかった式が、
 体を拡大するにつれてだんだん分解できるようになって、最後には1次式の積に、完全に因数分解できたっていう流れだ。」
凛「体と群の関係って・・・あれ、なんか逆みたいに見えちゃうのは、気のせい?」
A「そこのところは意味をはっきりさせなくてはいけないね。
 上に書いてある体を動かさないような群を、下に書いてある。
 たとえば、対称群S4 で動かない体は、有理数体Qの部分だけだ。
 反対に、Q(α,β,γ,・・・) を全く動かさない群というものは、もはや恒等置換しか無い。
 群という動きの制限が緩くなれば、それだけ全く動かない数の範囲は広がってくる。」
凛「あ、そうか。今度は群と体の関係だから、規則が緩くなるほど、動かないところが増えるってことでいいんだね。」
A「ああ、そうだ。その動かない範囲がだんだん広がっていって、
 最後に方程式の持つ全ての答を覆い尽くすってことでいいよね。」
凛「ちょっとずつわかってきた。」

A「それじゃあ、Gの昔の手紙を読み進めてみようか。」

 だから、与えられた方程式の群を、あらゆる仕方で固有分解して行けば、遂には、変換できるが、
いつでも同じ個数の順列を持つという群へと到達する。
 これらの群が素数個の順列を持てば、その方程式は冪乗根で解ける。
そうでなければ、冪乗根では解けない。
士錬「うーむ、この“あらゆる仕方で固有分解して行けば、遂には、”っていうのが、
 Aが描いたみたいな“部分群の流れ”っていうことだったんだ。」
凛「Gには悪いけどさ、この手紙、解読するのってけっこう大変だったんじゃない。」
A「確かに、他の論文と合わせても、この手紙の価値に気付くまでにはずいぶん時間がかかった。
 さて、手紙にある“これらの群が素数個の順列を持てば、その方程式は冪乗根で解ける。”って下りだが、
 これを現代風に訳し直したのが、
 “2.正規部分群を取り出したときにできる商群が、素数位数の巡回群となっていること。”
 っていうことなんだ。」
士錬「巡回群だってことはあえて手紙には書いていないけれど、素数位数の群であれば、巡回群以外には無い。」
A「そうなんだ。
 さっき話したように、階段を1ステップ下りる方法は、べき根をとるという操作以外に無い。
 そして、代数体にべき根を加えて拡大したとき、対応する群の方は“巡回群で割った”感じになっているんだ。
 例えば、S4/A4 = 位数2の巡回群、A4/V4 = 位数3の巡回群、といった形になっている。」
咲「あのぅ。。。そのとき方程式の方は、どうなっているのかな。
 群と体のことはかなり分かってきたけど、今度は方程式の方が見えなくなっちゃった。」
A「そうだなぁ。
 Gの手紙にも、具体的な方程式のことは、ほとんど書いてないな。
 この四次方程式の“部分群の流れ”は、具体的にはフェラーリの解法の本質を表しているのだけれど。」
凛「確か、四次方程式を解くときのリゾルベントっていうのがあったよね。
 えっと、24通りの答の入れ替えを、3通りにまとめちゃうって式。
 ・・・あれー、今気がついたんだけど、これ、4ステップあるじゃない。
 四次 → 三次 → 二次 → 一次 だったら3ステップだよ。」
A「実はこの群の固有分解は、べき根操作の回数なのであって、必ずしも方程式の次数に一致しているわけではないんだ。
 四次方程式を解く手順を思い出してごらん。
 4という数字は2x2だったから、まず式の両辺を平方完成させていただろう。
 それが、群の分解の上では、まず位数2のステップ U/{e}、次に位数2のステップ V4/U 。
  V4 ⊃ U ⊃ {e} というところに表れているんだ。」
咲「方程式を解く順番は、反対に {e} の方から進んで行くんですね。」
A「うん。
 補助方程式である三次方程式にたどり着いた先は、当然三次方程式の解法と似たものになる。
  A4/V4 が位数3の巡回群、S4/A4 が位数2の巡回群。
 これは S4 ⊃ A4 ⊃ V4 っていうところに表れている。
 三次方程式の S3 ⊃ A3 ⊃ {e} っていう流れと同じものになっているだろう。」
凛「じゃあ、最初のところはどれでも同じになってるのかな。
 二次方程式は S2 ⊃ {e} ってことだけど・・・」
士錬「その意味では、Sn ⊃ An っていうところが、どの流れでも同じになっているな。
 つまり方程式の解法では、最後には二次方程式を解くことになる。」
咲「そんでもって、その手前では三次方程式を解くっていう流れになっているんですね。」
A「方程式と群が1つになっているってことが、だんだん見えてきただろう。
 四次方程式の、群と式の対応がいちばんよく見えるのは、リゾルベントのところだと思う。
 フェラーリの解法では、こんな形のリゾルベントを考えていた。(数学夜話 第7回)
  R1 = x1・x2 + x3・x4
  R2 = x1・x3 + x2・x4
  R3 = x1・x4 + x2・x3
 この式は、24通りある答の入れ替えを、うまいこと3通りにまとめているよね。」
士錬「だったら、このリゾルベント自体は、群 V4 で値を変えないはずだ。
 V4 っていうのは、えーっと、
  { e, (1,2)(3,4), (1,3)(2,4), (1,4)(2,3) }
 ってことか。」
凛「どれどれ、(1,2)(3,4) は当然。
 (1,3)(2,4) も、、、(1,4)(2,3)も、うわー、ホントだ。
 すごい、すごいよ。ぴったり。」
咲「方程式を解くって、そういうことだったんですね。
 こうやって、体に合わせて“動かない式の部品”に分解していって、最後には1つ1つの数にまで分解してしまう。」
凛「それが方程式の答だってことだよ、咲ちゃん!」
A「どうだろう、分かってもらえたかな。」
凛「ばっちグーだよ、群、すごい。」

・・・

A「じゃあ、手紙の続きを読んでみよう。」

 分解不可能な群が持つことのできる順列の個数で最小なものは、
 素数の場合を除けば5x4x3だ。
咲「5x4x3=60。これって、交代群A5というものですよね。」
凛「形にすると、正20面体。」
士錬「でも、A5が分解不可能だっていうことを、よく見抜いたよなー。
 Gだったら直感的にわかるのかもしれないけど、僕だったら、見抜けない。」
A「なぜ分解不可能かってことは、手紙には書かれていない。
 正20面体のような形を想像していたのかな?
 そのことはG本人にしか、わからないだろうな・・・」

そう言って、私たちは顔を見合わせた。
いや、ちょっとだけ分かる。
なぜって、私たちは一緒にGの夢の中にいたのだから。
私たちは、少しだけ、Gの世界を垣間見た。
そこには、幾つもの結晶体が、キラキラと輝いて回転していた。
きっとあの中に、交代群A5もあったのだと思う。

A「・・・さて、Gには当たり前のことであっても、私たちには退屈な証明が要る。
 直感的ではないけれど、A5が分解不可能だということを、
 文字の置き換えによって確かめることができる。
 最後に、それをやってみせよう。」

5つの文字 i, j, k, l, m の全ての置換S5の中には、
3つの文字の巡回置換 i, j, k が含まれている。
実はこの3文字の巡回置換を部分群として取り出せないということから、
5(ひいてはA5)が分解不可能であることが証明できる。

いまφ1 = (i, j, k) という巡回置換を考える。(i→j, j→k, k→i という入れ替えのこと)
φ1 の逆、φ1^-1 = (k, j, i) である。
もう1つ、φ2 = (k, l, m) という巡回置換と、
その逆、φ2^-1 = (m, l, k) というものを考える。
そして、2種類の巡回置換を組み合わせた
  X = φ1^-1 * φ2^-1 * φ1 * φ2
という連続変換を考える。
実際にやってみると
  X = (k,j,i)(m,l,k)(i,j,k)(k,l,m) = (k,j,m)
となる。

最初のS5 に正規部分群Hが存在していたとして、その商群を S5/H としよう。
このとき、上で考えた変換φ1と、連続変換Xが、どの商群に含まれるのか、考えてみる。
剰余類とは
  S5 = {a0 * H} + {a1 * H} + {a2 * H} + ・・・
のようにグループ分けすることだった。
変換φ1は、剰余類 {φ1 * H} に含まれている。
この {φ1 * H} を φ1' という記号で書くと
連続変換Xは、φ1^-1' * φ2^-1' * φ1' * φ2' という剰余類に含まれることになる。

ところで、方程式を解くためには商群 S5/H は巡回群でなければならなかった。
巡回群は可換なので(順回転と逆回転の組み合わせだから)、
連続変換Xの剰余類 φ1^-1' * φ2^-1' * φ1' * φ2' は、実は単位元 e の剰余類 e' となるはずだ。
ということは、XはHに属しているということだ。

もともとXというのは (k,j,m) のことだったのだが、
同じことが (k,j,m) 以外の、あらゆる3文字の巡回置換についても言えるから、
結局のところ、全ての3文字の巡回置換はHに含まれることになる。

そのように考えてみると、3文字の巡回置換は、もとのS5の中から決して取り出せないことに気付く。
もし、
  S5 ⊃ H1 ⊃ H2 ⊃ H3 ・・・ Hn ⊃ {e}
という部分群への分解列があったなら、3文字の巡回置換は、
H1 にも含まれているはずだし、次の H2 にも含まれているはずだし、次の H3 にも・・・
といった具合に、いつまでたっても部分群の中に残り続けるはずなのである。

なので、S5は決して正規部分群に分解されることは無い。
凛「うぅー、、、なんか、一気に頭痛が。。。」
咲「でも、同じことが4文字だと、大丈夫なのかな?」
士錬「5文字になってはじめて、こういった形で3文字の巡回置換が2種類作れるんだ。(i, j, k)(k, l, m)。
 i, j, k, l の4文字だったら、こうはならない。」
咲「不思議ですね。文字の置き換えだけを一生懸命考えれば、方程式のことや、
 正20面体のことまでわかってしまうなんて。」
凛「でも、あたしには文字の置き換えだって、頭に入りきらないよー、くぅー。」
A「ハハハッ、群については、まだまだ学ぶべきことがたくさんある。
 あせらず、たゆまず、少しずつ。」

凛「そういえば、Gの手紙って、ここで終わりじゃなくて、まだまだ続いてるね。」
士錬「・・・この先を解読するのも、かなり大変みたいだ。正直、俺にもほとんどわからないな。」
A「群の話は、ここで終わりではない。
 この先に、まだまだ広大な世界が広がっているんだ。
 群とは空気みたいなもので、それがわかったからといって、すぐに何かの役に立ったりはしない。
 でも、みんなはもう知っているはずだ。
 群というものが“見えない形を見ているのだ”っていうことを。」

そう、私たちは見てきた、方程式の裏に隠された、見えない形の世界を。
それが、Gの夢だったんだ。

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