私の彼は、天才です。
そして私は魔法少女。
ただーし! ただし、彼は自称天才の卵。
そして私は、まだ一度も本当に魔法を使ったことがありません。
なぜかっていうと、魔法っていうのは、一生の間に3回だけしか使えないからです。
しかも、一度使った魔法は、絶対、絶対、ずぇーーーーーったいに、成功させないといけません。
失敗したら、その場で命を失う・・・それが魔法の掟。
だから、魔法使いは命がけ。
一生のうち3回だけ、命を賭けた魔法を使うことができる。
それが魔法使いなんです。
今夜、この場で、命を賭けた魔法を使います。
人生にたった3回だけの大勝負!
私の名前は、鏡坂 凛。(カガミサカ リン)
えっ、どっかで聞いたことあるような名前ですって?
しかも2人も思い当たる・・・そっ、それは他人のそら似ってやつよ、きっと。
だいたいねー、即座に2人も思い当たってしまう、君ってけっこー重傷だよ。
社会復帰できるのかなー。
おっと、いけない、いけない。
こんなことで精神を乱していては。
魔法は命がけ、失敗したら命を失う。
そこまでして、いったい魔法で何したいの、ですって?
もちろん、彼のハートを虜にするのっ!
彼のハートをしっかりキャッチして、ラブラブな関係になるんだ。
私、恋の魔法に命を賭ける!
・・・ってことは、現在ラブラブな関係じゃないってこと?
いちいち気が散るなー。
いいの、この魔法が成功すれば、“将来の彼”は“本当の彼氏”になっちゃうんだから。
彼の名前は、鏡宮 士錬。(カガミヤ シレン)
えっ、どっかで聞いたことある?
しかも2人も・・・他人のそら似ねっ。
248日かけて入念に準備した魔法陣。
月の周期が最高潮に達する、今日の午前2時が最大のチャンス。
詠唱するのは、第一種の召還魔法。
呼び出されるのは、私と彼をつなぐのにいちばんふさわしい、恋のキューピットになるはず。
深夜、午前1時53分、魔法陣が淡く光り始めた。
腕に刻まれた魔術の刻印に、激しい痛みが走る。
初めてなのに、はっきりと分かる、確かな召還の手ごたえを。
「―――零の単位はカーネルに、推移律は同型に。
射と射の紡ぐ関手の双子、右手と左手の出会うところ、
この意、この理に普遍なる構造を成して結び給え!」
激しい輝き、魔力の奔流。
時刻は午前2時ジャスト。
やった!
光の奔流が収まったとき、そこには・・・偉そうに構えた男が一人。
涼やかな、憂いを帯びた切れ長の瞳。
細い、繊細な体。
でも、その華奢な体に収まり切らないほどの情熱とエネルギーを感じる。
これが、恋のキューピット、、、なの?!
想像していたよりも、ずっと大人。
ちょっとかっこいいかな、これはこれでいいかも。
でも、その続きが最悪だったの。
私を一目見るなり、発した第一声が、
「なんだ、女か。」
カチンっ!
なに、いまの。
カチンっ、てきた、カチンって。
「しかも、見たところ知性のカケラもないようだな。」
ブチーーーーーーーーーーーーーっ!
きれた。
いま、頭の中で、何かが切れた。
なに、こいつ。
なによ、このすっかり上から見下した態度!
失敗よ、召還失敗!
いま、なんで生きてるんだか不思議なくらい、カンペキに失敗!!
決めた、私、もう決めた。
大勝負に出るんだ。
一生のうち3回しか使えない大勝負の、その2回目に。
性根の曲がった、この出来損ないのキューピットを、魔法の力でたたき直す!
「加法と乗法のアフィンスキームを以って命ずる―――」
魔法陣の準備も無し、呪文もうろ覚え。
ゆきあたりばったり、ええーい、女は度胸!
「我が意に従え、運命を司る数理の天使よ!!」
再び、光の奔流。
魔力と魔力、意地と意地のぶつかり合い。
残光が収束した。
私は、まだ、生きている。
出来損ないのキューピットは・・・前よりだいぶおとなしくなったみたい。
魔法は成功、なのかな?
彼は、抱えていた頭から手を離した。
「ふうっ。どうやら気分が落ち着いてきたようだ。」
彼は私の方に視線を移して言った。
「汝が私をこの世界に召還した、マスターなのか。」
「そう、わ・た・しがマスター。あなたは、マスターに忠実なサーバントなの。」
「・・・これはまた、とんでもないマスターに引き当てられたものだ。」
“恋のキューピット”は、露骨にイヤな顔して、手をひらひらさせた。
ここで引いたら、こいつ、きっとつけ上がるに違いないわ。
最初が肝心、ガツンっていかなきゃ、ガツンって。
「まず最初に、名前を聞こうかしら。」
「まずは自分から名乗ったらどうだ。」
「こーいうときは、先に紳士から名乗るものなのっ!」
彼はムスッとして、ぶっきらぼうに答えた。
「G。」
「はい?」
「G!」
「・・・?!」
「G、だ。」
「G・・・ふーん、えらく短い名前ね。ファーストネームとか、ないの。」
「無い。私は既に“現世に姿を失った者”なのだから。」
「いいわ、G。私は鏡坂 凛。
リンでもいいけど・・・やっぱ、普段はマスターって呼びなさい。
いいこと、G。」
「はいはい、我がマスター。」
「返事は一回でいいの。」
Gは一瞬すごい目で私を睨んだけど、すぐにあきらめたみたい。
「はい、マスター。」
へへっ、ちょっと優越感。
「よろしい。で、さっそくなんだけど、叶えてほしいお願いがあるの。あのね・・・」
たとえ相手が魔法のサーバントでも、恋の告白って、とっても恥ずかしい。
「・・・私の片思いの恋人、鏡宮 士錬くんとの仲をグッと近づけて欲しいんだ・・・」
言っちゃった。これでも、すごく勇気を振り絞ったんだ。
「ハッ! この私に恋愛相談とは!
それは全く見当違もいいところだ。色恋沙汰はごめんだね。」
Gは、ホントにあきれたって顔で私を見返した。
「もうっ、あなたを召還しちゃったんだからね。
しかも、命がけの魔法を2回も使って!
と・に・か・く、あなたに何とかしてもらうしかないの。」
「まったく、女の考えは理解に苦しむな・・・
ときに、マスターは鏡宮君の、どこに惚れたのかな?」
Gは全然マジメにやってくれない。
すっかりからかいモードだ。
私はムキになって言ってやったの。
「士錬くんは数学の天才なんだからっ。
こないだなんか、すっごいプログラム作ってて、
“もうこれで俺に解けない方程式は無いぞ”って言ってたんだからねっ!」
「はぁっ、ハッハッハッ・・・!」
急にGが腹を抱えて笑い出した。
なんか、よっぽどおかしかったみたい。
私、そんな変なこと言ったかな?
なんかムカつくんですけど〜。
「リン・・・いや、マスター。君は不可能の何たるかを理解していないようだな。
いいだろう、少しだけ興味が湧いてきた。
君のご自慢の彼氏に、想いと一緒に伝えて欲しいことがある。」
こうして、Gと私の、奇妙な数学講座がスタートしたのでした。
待っててね、士錬。
明日、この想いを打ち明けるからねっ!