Gの夢 -- Mathematical Part
★ Gとリンの数学夜話 ・ 第2回:複素数の形 ★
2009/09/01  
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あれ以来、Gはすっかり我が家のお荷物になった。
とにかく、やたらプライド高くって、生意気なの。
自分の魔法の力で呼び出したとはいえ、なんでこんなの召還しちゃったんだろう。
なーんか、わけわかんないのが家に増えちゃったなー。
ま、Gがきっかけで、いちおー士錬くんに接近できたんだから、とりあえずはOKなんだけどね。

・・・

「G、Gってば!」
Gはたいていムスッとしていて、なんか自分の思索にふけっていて、私のことなんてほとんど無視してる。
「返事をしなさい、私のサーバント!」
「・・・はい、マスター。何か用でも?」
Gは本当に、恋愛相談には向かなかった。
唯一興味を示すのは、数学の話題だけ。
しょーがないから、士錬くんから仕入れたネタを振ってみたの。
一体何やってんだか・・・

「二次方程式って、形を見て解くんだね。」
Gは一瞬あっけにとられたみたいだったけど、すぐに気を取り直した。
「それはマスター、良いところに着眼したな。」
えへへ、ホントはシレンくんの受け売りなんだけど、そこんとこは黙っておこう。
「二次方程式は、二次の対称群S2、形としては鏡面対称を有しているわけだ。」
「??!」
「・・・なんだ、マスター、方程式の形に着眼したのではなかったのか?」
「ふにゅーん、実は、そんなによくわかってないんだよー。」
一瞬で化けの皮が剥がれた。
「やれやれ、そんなことだろうと思った。」
Gは、ため息を漏らした。
うっ、せっかくGのために話題振ってやったのにさー、これじゃ全く立つ瀬がないよぉー、くぅー。
「マスター、複素数ってどういう形をしているか、想像できるかな。」
「できるわけないでしょ。
 複素数なんて、もともと目に見えないんだし!」
「見えないものを思い描くのが想像力だ。
 ならばとりあえず、目に見える数の形から想像してみたら、どうだろう。」
目に見える数、、、1、2、3・・・みたいな整数だったら、
おはじきみたいな丸がたくさん並んでいる感じかな。
私は、丸、丸、丸をたくさん描いてみた。
「そう、整数ならそんな感じだろう。
 では、数と数の間が連続的につながっている、実数だったら?」
つながっているんだから、ちっちゃい丸がびっしり隙間無く並んで、線になる。
私は一本の線を描いてみた。
「案外、平凡な感覚をしているのだな。」
「一体何期待してたの?」
「いや、その点と点がびっしり並んだ隙間がどうなっているか、気にならなかったのか。」
点と点の隙間にも点があって、さらにその隙間にも点が入ってて、さらにその隙間にも・・・?!
「うーん、でもそこまで気にしてたら、何も描けなくなっちゃうよ。」
「それもそうだ、気にしていたら終わりがないな。
 さて、この次が非凡な感覚が要るところだ。
 複素数を描くには、どうしたら良いかな?」
複素数? そんなの全然イメージ湧かないよ。
仕方なく、私は数直線の周りにモヤモヤッっと雲みたいな絵を描いた。
「そう、無理に描こうとすれば、複素数ってやつはきっと雲か幻のように実数の周りに広がっているのだろう。
 なかなか良く描けているな。マスターのこの感覚は、かなり当を得ている。」
変なところを褒めるんだな。複素数はモヤモヤ〜でいいのかな。
「しかし、モヤモヤのままだと得体が知れないので、ここで複素数の場所をしっかりと決めておこう。
 この紙の上で、虚数単位i、つまり √(-1) の場所をどこか1つに決めてしまおう。
 いったい、どこが自然だろう。」
どこかって言われてもなあ。
特に理由も無いので、私は数直線の“真ん中”にある0のすぐ上あたりに、虚数単位i を置いてみた。
「いいセンスだ。大事なことは、虚数単位i は数直線の外にある、ということだ。」
そんな安易な。
でも、こうして見ると、複素数って異次元空間みたいだね。
「おそらく最初は、こんな風に、何の気無しに虚数単位i を置いてみたのだろう。
 ところが、こうして描いた紙面が、数学上の大革命となった。」
「大革命って、けっこう安易なんだね。」
「後から振り返って見ればね。
 ゼロのとなりに虚数単位i があるとすると、ならば、-i はどこにあると思う。」
「うーんと、i の反対側、かな。」
「そう。きっとこの辺にあると考えるのが自然だろう。」
そう言ってGが示したのは、0の下どなりの一点だった。
0を中心に、プラス1が右で、マイナス1が左、i が上で、-i が下。
「こうなると、この紙面全体が複素数に見えてくる。
 横軸が実数、縦軸が虚数。
 たとえばこの点は・・・」
Gは、紙面上の一点を指し示した。
「2+3i、となるわけだ。グラフを読むのと同じ要領で見ればいい。」
「なるほど、実数は直線、複素数は平面ってことだね。」
「この平面のことを“複素平面”、あるいは“ガウス平面”と呼んでいる。
 もっとも、ガウスより以前にこの平面を描いた者は何人かいたのだが、
 ガウスが複素平面を使って“代数学の基本定理”を証明したことで、呼び名が定着したのだろう。」

「でも、不思議に思うことがあるんだけど。。。」
「この複素平面は、現実には何処にあるか、ということか?」
「なんでわかったの?」
「私も不思議に思うからだ。
 マスターは、いま、モヤモヤした雲の中に虚数単位i の一点を決めたとき、
 “他に無いから仕方なく”そうしたのではないか。」
「うん、そうだよ。」
「マスターは、たまたま0の“上側”に、虚数単位i を置いた。
 しかし、マスターと感性が違っている人がいて、たまたま0の“下側”に、虚数単位i を置くかもしれない。」
「そういう人だって、いるかもね。」

「ということは、虚数平面には“上側派”と“下側派”の2種類ができるわけだ。」
「ただの書き方の違いでしょ、どっちでもいいんじゃない。」
「そう、どっちでも構わない。
 しかし、複素平面が2種類ある、という事実は、単なる書き方以上の意味がある。」
Gは、上側派の複素平面と、下側派の複素平面を並べて描いた。
「上側派の虚数単位i は、下側派にとっての -i となっている。
 逆に、下側派にとっての i は、上側派にとっての -i だ。」
「そうだねえ。」
「ということは、もし、あるとき突然 i と -i が入れ替わったとしても、
 誰も入れ替わったことに気付かない。」
「??!」
「たとえばだ。今、マスターの目に映っている赤色が、私にとっての緑色だったとする。
 2人の目に映っている風景の色は、実は正反対なのかもしれない。」
「そんなことってあるの? 同じものを見てるのに。」
「仮に赤と緑を全部入れ替えたとしても、入れ替わったことを確かめる方法が無いんだ。
 私の目に映るバラの色が、マスターにとっての緑色で、
 同じように、夕日の色も、血の色も、全てが緑に見えていたとしたら・・・
 ひょっとすると、色の見え方なんて、人によって全く違っているかもしれないぞ。」
うーん、、、だから個性とか感性って、人それぞれなのだろうか。。。
「なぜ、そうなるか、わかるか?」
「・・・ますますわかんない・・・」
「それは、色彩というものが、我々の頭の中にあるからだ。」
「??!」
本日3回目のびっくり。しかも、いままでの最大級。
「確かに、色とは光の波長のことだ。
 その意味で、色は物理的実在ではある。
 しかし、その光をどのように感じとるかは、外の世界には無い。
 色覚があるのは内なる世界、我々の頭の中だ。」
うぅ、頭がパンクしそう。
「わかるか。色覚と同じように、虚数が存在しているのは、頭の中。」
「・・・あのぅ、今、理解の範囲を越えちゃったみたいなんですけど・・・」
「そうならないように、普段から感性を磨いておけってことだ。
 磨けば磨くほど、頭の中は広くなってゆくぞ。」
「・・・やっぱり、お勉強しなきゃダメなのかな・・・」
「その語調だと、マスターの言う“お勉強”と、私の言う“感性を磨く”ことは、
 だいぶ違っているように思えるな。
 感性を磨くことは、誰でも、いつでも、どこでもできる。
 なぜだろうと思うこと、自分にとっての意味を、とことん考え抜くことだ。」
ほえー、なんか両肩に重たいものが、ずっしり乗っかったような気がしてきた。
「良いこともあるぞ。感性を磨いた方が、人間、美しくなれる。」
「えっ、そうなの。じゃあ、じゃあ、私にもできるかな。」
「言っただろう、誰でも、いつでも、どこでもできる。
 マスターだって、もっと美しくなれる。」
えへへっ、って、それって今がダメだってことなのかなぁ?!
その点には触れず、Gは話を続けた。
「虚数というものは、もともと頭の中だけで考えられてきた概念だった。
 ところがその後、よく調べてみると、どうやらこの世界は虚数で成り立っていることがわかってきた。」
「はぁ?!」
「世界はもともと複素数で成り立っている。
 我々の目に直接見えているのは、世界を構成する複素数の中の実数成分だ。」
「あのさ、、、Gってもともとあっちの世界の住人だから、
 そんなぶっ飛んだ目で世界が見えてるんじゃないのかなぁ・・・」
「そんなことはない。
 マスターも感性を磨いてゆけば、そのうち解るときがくる。」
「・・・それって、すごく遠い日のような気がするよ。。。」
「ははっ、そうだな、何も焦ることはない。少しずつ世界を広げていけばいいんだ。」
Gはちょっとだけ笑った。

「さて、複素数の話に戻ろう。
 複素平面上では、i と -i を入れ替えても全く気付かない、同じものになる。
 ちょうど人の色彩感覚の、赤と緑を入れ替えても全く区別がつかないように。」
「そこんとこだけは解ったよ。
 複素平面には“上側派”と“下側派”があるんだね。」
「そう、この“入れ替えても全く気付かない”という性質こそが、
 実は方程式を語る上で一番重要なことなんだ。」
「あっ、思い出した、もとはと言えば二次方程式じゃない。」
「そうだ。
 数学では、“入れ替えても全く気付かない”性質のことを“対称性”と呼んでいる。
 二次方程式には、ちょうど鏡に映したように対称な2つの答がある。
 そして、二次方程式を形作る数についても、まるで鏡に映したような対称性がある。
 だから、二次方程式は、鏡像のような対称性を持つ数の上で解けるのだ。
 これが方程式の持つ“形”だ。」
「あのですねぇ、また理解の範囲を超えてしまったんですけどー。
 なんでいきなり複素数と方程式の形がくっついちゃうの?」
「これは失敬、方程式の“形”が見えるようになるには、
 複素数のこと、対称性のこと、方程式のこと、まだいろいろ知るべきことがある。
 それでも、最も単純なイメージであれば、二次方程式から想像することができるぞ。
 わかる範囲で構わないから、二次方程式の形を想像してごらん。」
二次方程式の形?!
とりあえず私にわかるのは、グラフの形が放物線ってことくらいだ。
私は紙の上に放物線を描いてみた。
「そう、ぱっと見に、この放物線は左右対称な形をしている。
 そして、放物線がx軸と交わるところに答があるのだから、
 その2つの答は、鏡に映したように対称な性質を持っているだろうと想像が付く。
 二次方程式の解の公式ってやつを覚えているか?」
えっと、えーと、確かこんなんだったかな?
  x = -b ±√(b^2 - 4ac) / 2a
「そうだ。この式の中の ±√ といったあたりが、左右対称な形に対応している。
 式になると見えにくいかもしれないがね。」
そういえば、士錬くんもそんなこと言ってたっけ。
「それでは、せっかく複素平面がわかったのだから、この放物線を複素数にまで広げていったら、どうなるだろう。」
「えっ?! 複素数に広げるなんて、全然わかんないよ。」
「投げ出す前に、感性を磨くこと、想像力を広げること。
 わかるところから、順番に考えていこう。
 複素平面の絵を描いて、そこに x^2 = 3 の答を書いてみたら。」
「えーと、x^2 = 3 だったら、x = √3 だよね。
 あっと、もう1つ x = -√3 っていうのもあるね、鏡に映ったみたいに。」
「そう、+√3 と−√3 だ。この2点を打ってみようか。」
私は複素平面の上に、てんっ、てんっと、2点を書き込んだ。
「それでは、x^2 = 2 は、どうなる。」
「+√2 と−√2 だね。」
私は再び、てんっ、てんっと、2点つの点を、さっきの±√3 のちょっと内側に書いた。
「次は x^2 = 1 。」
「±1でしょ。」
また、てんっ、てん。
「その次、x^2 = 0 だったら。」
「えーっと、x = 0 、だけだよね。」
今度は真ん中に、てんっ、が1つだけ。
「さて、次が大事だ、x^2 = -1 は。」
「えっと、えーと、x = ±i ってことは・・・
 そうか、今度は実軸じゃなくって、虚数軸の上にてんっ、てんっ、てなるんだ。」
今度は縦に、2つの点を打った。
「次、x^2 = -2 は。」
「±√2i、ってことは、ここ。」
さっきの、±i を挟むように、上と下。
「では最後に、x^2 = -3 。」
「±√3i」
さらに、上下をサンドイッチ。
「ごくろうさん。
 今まで打った点々の、流れを見てごらん。」
「うーんと、横から近づいてきて、まんなかでぶつかって、今度は上下に分かれてゆく。。。って、あっ!」
「そうだ、気付いたかな。
 この点々の流れと、放物線の絵を重ねてみると、こんな立体が浮かび上がる。」
そう言って、Gは立体的な絵を描いて見せた。
3次元の図は、実数のx軸、虚数のi軸、そして実数のy軸から成り立っている。
その図の中のx-y平面上に、実数の放物線がある。
そして、図の中のy-i平面上にも、虚数の放物線が浮かび上がる。
虚数の放物線は、実数の放物線の反対側に、90度ねじれた形にくっついている。
2つの放物線は、ちょうど0のところで接していた。
「これが、y = x^2 を複素数まで拡大した形だ。」
「・・・きれいな形。」
「マスター、その気持ちが“数学の心”なんだ。
 方程式には“形”がある。
 その形を美しいと感じる気持ちが、心を豊かにする。」
感性を磨くって、こういうことだったんだ。
「これはほんの入り口に過ぎない。
 複素数の世界は、実に美しい形に満ちている。
 いま描いた放物線は、(x,i) => (y) という範囲で考えていた。
 絵に描けるのは3次元までだから、ここまでしか表すことができないが、
 もっと範囲を広げて、複素数から複素数への関数を作ることだってできる。
 つまり、(x,i) => (y,j) ということだ。」
「複素数から、複素数へ。
 それだと、2x2で四次元になるから、もう絵にならないね。」
「そう、複素数の関数を一枚の絵に描き切るのは難しい。
 我々は四次元になったグラフの切り口から全容を想像するしか無い。
 しかしそこには、想像を超えるような美しい形が広がっているのだ。」
4次元の世界!
私は少しだけ想像の翼を広げてみた。
感性を磨くこと。
私、ちょっぴりきれいになったかな?!

まとめ

・複素平面
  横軸に実数、縦軸に虚数をとった平面で、複素数を表すことができる。
  複素数は、頭の中にある。
  実は、この世界は複素数で成り立っている。

・複素平面の対称性
  複素平面上で i を -i に入れ替えたとしても、誰も変化に気付かない。
  リンにとっての i が、Gにとっての -i となっているかもしれない。

・対称性
  “入れ替えても全く気付かない”性質のことを“対称性”と呼んでいる。
  入れ替えても全く気付かない”という性質こそが、
  実は方程式を語る上で一番重要なこと。

・二次方程式の対称性
  二次方程式には、ちょうど鏡に映したように対称な2つの答がある。
  そして、二次方程式を形作る数についても、まるで鏡に映したような対称性がある。
  だから、二次方程式は、鏡像のような対称性を持つ数の上で解けるのだ。

・複素数上での放物線の形
  虚数の放物線は、実数の放物線の反対側に、90度ねじれた形にくっついている。

・感性を磨く
  “お勉強”と“感性を磨く”ことは、だいぶ違っている。
  感性を磨くことは、誰でも、いつでも、どこでもできる。
  なぜだろうと思うこと、自分にとっての意味を、とことん考え抜くこと。

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